INNER LIFESTYLE DESIGN
 〜ナチュラルに生きる方法論序説
メールでわかる5つのこと
 今回は

ムービーを止めろ! 認知の歪み6
http://kokorogadaiji.jugem.jp/?eid=83

への読者からのお返事メールです。

このように自分の中の変化を記述してもらえると、私としてもいろいろな意味で大変助かるし、本人にとっても自分の歩みを確認できるという意味で有益であろうと思います。

メールを読んでいただいたあと、コメントします。


**********以下メール

村松さん

ブログでのお返事ありがとうございます。

>アブクがでてきたときに、それを否定せずに出るに任せること。
>他人事のように、「あ、出た」と思ってください。

以前メールで書いたことと重複しますが、
いまお腹の中に溜まっている怒りやいろんな感情は、
アブクを社会通念などを理由に押さえつけたことで
社会通念を押し付けたと思われる相手への怨みも加わって
行き場がなくて苦しかったみたいです。

出してはいけないから、出てしまったらただ見ればいいと
認識が変わっただけでだいぶ楽になりました。
日常で実践して、また報告したいと思います。

また、先日父親と話し合う機会があったときに、
はじめて父親に対して怒りました。
昔から、お前は文句を言える身分じゃない、
だってお前は○○だから。と○○の内容は
その時々で変わりつつ言われいて、
社会的にはそうなのかも…とずーっと黙って、
言うこと聞いた振りをしてたのですが
絶対に違う! と思って、腹の底から怒り(怒鳴り)ました。

父親は、他人の感情に巻き込まれない人なので
どこまで伝わったのかよくわかりませんが、
怒りきったことで、だいぶ気持ちが澄んだ感じがしました。

わたしの怒りは、30数年間積もり積もった「違う!」
なので爆発しましたが、
普段から感情をその都度(ネガティブであれポジティブであれ)
出していれば、大爆発ってしないのかもしれませんね。

そのことと、歯車になってしまうことがまだごっちゃになってしまいます。


視力が落ちて足が太くなったことについて、
コメントでわたしも同じですとあり、
なんとはなしにほっとしました。

こんなごく個人的と思ってたことでも、
共感してもらったり同じと言ってもらうだけで
気持ちが軽くなるものなんですね。

あと、足が太くなることに関して村松さんのコメントを読んで、
自分に照らし合わせるとむしろ、
自分の行動に対する自信のなさ(恐怖感)がぴったりくるように思いました。


また、何かしら変化を報告したいです。

それでは。

*****以上メール

このメールは、シンプルですが、大事な発見がいろいろ含まれています。
今回、番号をふってみましょう。


1.
>出してはいけないから、出てしまったらただ見ればいいと
認識が変わっただけでだいぶ楽になりました。

怒りや自分の中のネガティブな感情が出るとき、それを押さえつけるという反射とセットになってしまうことが多いのです。
しかし、うまく切り離せたようなので、これからどんどん変化が出ます。

2.
そして、認識が変わるだけで、楽になる、このシンプルな事実も大変重要なのです。
心は無形のつかみがたいモノですが、言葉の使い方が鍵を握っています。
言葉の使い方が歪んでいる、あるいは正確でないと、心はつねにその言葉に干渉されます。

「心の中で何を思おうと勝手だし、どうせ他人にはわかりゃしない」と考える人がいます。
しかし、筋道だった考え方をして、それを他人の共有できるほうが、心はずっとのびのびとします。
自分にしか通用しない「筋道」を後生大事に抱えていることを、稽古事では「筋が悪い」と言いますね。
認識を、シンプルで、心にとって楽なものに変えていくこと。
筋の悪い言葉を捨てていくこと。
それがこのブログの目的です。

3.

>絶対に違う! と思って、腹の底から怒り(怒鳴り)ました。

この腹の底から、という感覚にじつは大切なものが含まれています。
人は頭で怒り、心で怒り(これは部位でいうと心臓です)、最後に腹の底から怒ります。
笑いも同様ですね。
いちばんの笑いは「お腹を抱えて」笑います。

つまり、丹田、腰、腹、仙骨といろいろ言い方はありますが、人の中心の部位に、生命の原初のエネルギーはあるのです。
頭脳は、生命から見ると末端なのです。
しかし、人の身体のいちばん高いところにあって、情報を処理し、さまざまな指令を出しますから、現代の文明はどんどん頭脳中心主義になっていくのです。

しかし、膣も子宮も男根も生殖のための器官はもっと低いところにあります。
下ネタというのは軽蔑されていますが、生殖は生命にとってはいちばん大切なものです。
植物の美しい花は生殖器ですからね。
植物はそれをいちばん目立つ最上部に持ってきている。

人は頭脳を最上部に持ちますが、本能のセンターを腹部に持っています。
お腹から怒る、お腹から笑う。
心は、この本能、生命と強く結びついているときが健康なのです。
しかし、現代人の心は非常に頭脳的なものの支配が強くなっています。
心は頭脳の働きの一部だと考えている人もいます。
しかし、心は脳の従属物ではありません。

これは大テーマなので、ここで深入りしませんが、「腹の底から怒り(怒鳴り)ました」
という言葉で、心にエネルギーが戻ってきているのがわかります。

4.

>わたしの怒りは、30数年間積もり積もった「違う!」
なので爆発しましたが、
普段から感情をその都度(ネガティブであれポジティブであれ)
出していれば、大爆発ってしないのかもしれませんね。

心の中に起きた感情は、出さないかぎり消えません。
変形して一見鎮静することがありますが、どこかに残っていると考えたほうがいいのです。
私が「心のエネルギー」という言葉を使って、力学的に心を見ていこうとしているのはこのためです。
「エネルギー保存の法則」が物質の世界にあるように、精神のエネルギーにも同様のものがある、ということが私の観察の基礎になっています。

この方の場合は、30年間、いわば怒りを「積み立てて」来たわけですが、「元金」だけを入金しても、その元金はいつまでも消えずに、つねに「利子」を生み出します。

そのように観察すれば、恨みの感情をいつまでも持ち続けることの有害性がわかると思います。

喜納昌吉も「泣きなさい〜 笑いなさ〜い」と歌っているでしょう?
心はいつもさらざらと川のように流れているのがいいのです。

それにしても30年分のものが出たのはすばらしい。
お赤飯を炊くか、シャンペンを抜いてお祝いしてもいいようなことです。

5.

>そのことと、歯車になってしまうことがまだごっちゃになってしまいます。

これは、社会の歯車になるのがイヤだということでしょうか?

ここにも認識の違いがあるようです。

仕事をするということは、社会で有用であると認められているということです。
そこで潤滑に回る歯車であることは悪いことではありません。
歯車になりきれないから苦痛が起きるのであって、うまく歯車になれれば苦痛ではありません。

歯車に成りたくないと思っていたら、ギシギシときしみをあげるのは当然です。

仕事をするときは、なるべく潤滑な歯車として回るように全力を尽くす。
そうして、仕事が終わったら、ぱっと切り替えて自分自身に戻る。
そういう切り替えがなめらかにできるということが、心が自由であるということです。

仕事の現場には理不尽なこともあるかもしれませんが、そのこととこれは別のことです。

歯車になりたくない、といつも拒否して、仕事の時間をただ苦痛として感じているのは、不自由極まりないことです。

考え方の180度の転換でしょう?
それでまたいろいろなことが変わってくるでしょう。

心の中に入っている言葉のソフトを入れ替えるのです。
もっと性能のいい、気持ちよく動くためのソフトに変えるのです。

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こんな短いメールの中に5つもポイントが入っていました。
本当はまだ書けるのですが、これくらいにしておきます。



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