INNER LIFESTYLE DESIGN
 〜ナチュラルに生きる方法論序説
SOSの本質
前回の父親に殺意を抱くというSOSメールの方から、またメールが来ました。



(以下メール)
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**です。またメールのお返事をしてくださってありがとうございます。
ブログでの回答も良いように思えてきました。
コメントを観て、自分と同じような人たちが大勢いることにすごく力を感じました。そういった人たちからの言葉を受け取れること。そして同じ悩みを持つ人たちのためになるのなら、自分をさらけ出してもいいだろうと思えました。

>このメールを読む限りにおいて、狂っているのはあなたではなく、お父さんのほうです。

この発想は自分の中にありませんでした。
そして救われた気持ちになりました。
自分ではなかったということに救われました。
なんとなく自分の価値が認められた気がして。嬉しかったです。

>父親に対してもっと冷たい気持ちになってください。
この人は狂ったメカニズムなのだ、と冷静に観察するのです。
本当に狂った機械であれば、相手と戦おうとはせずに、ただ性質を観察し、避けることだけを考えるでしょう。

>クズだと言いたいとか、傷つけたいと思うのは、まだ相手の人間性に期待しているのです。

>期待があれば、それは裏切られます。

この発想もなかったです。
自分は父親に対してまだ人間らしさというか、人間味があるんだという期待があったんですね…。
思ったのはまるで政治家に対して思うようなことと同じだな、と。
政治家に対して「まだ人間らしさがあるだろう」と思っても、カネだの嘘だのであっという間に裏切られてしまう。
だったら最初から期待しなければいいんですね。

ただまだ「親」というのが残っている気がします。
政治家ではなく「親」なんですよね。
父もよく言うのですが「縁は切れない」という言葉。この言葉が邪魔だと思うことがよくあります。
父ではなく友達だったら、縁を切れるのにな。むしろすぐに縁を切るだろうに。
父だから、家族だから、というある種情けのようなものがあり。
ただそれさえも捨てないとダメなんでしょうね、きっと…。

>なるべく接点を少なくして、刺激しないようにしましょう。
落ち着くまで学校に行かなくてもいいですから、学校に行ってないことはお父さんに知られないようにしてください
図書館なり、公園なり、映画を見るなり、時間を潰すのです。

この言葉を鵜呑み?というか感化されて、昨日は都市部まで映画を見て、図書館で小説のアイディアを練っていました。
休んでもいいのか、という思いもかなりありますが、それでも休んでもいいと言われたことが初めてだったので…。
ただやっぱりそのままずるずる行きそうで怖いので、しばらくしたらまた学校に戻ります。現に今日も行きました。

>高校を卒業したら、あなたはお父さんと別居したほうがいいです。
そういうことが経済的に成り立つかどうか、そのあたりまで相談してみてはいかがですか?
下宿して働きながら学んでもいいのです。
とにかく、今の状態は18歳くらいで終わりにする。
そういう期限をつけて 、今の状態をやり過ごすことです。
あなた自身の中にもそういう方向性と意志を育てることが大切です

これが一番難しいことでした…。
まだ親に甘えていて、バイトもしたことのない自分としては。ちょっときついですね…。
いろいろと言い訳して働いてこなかったんです。まだ病気が治ってない。そんな時間はない。と。

あまり触れてこなかったのですが、自分は高校4年生。19歳なんです。
定時制の高校で、そこは不登校生や中退者が行く高校で、やはり高校に入ってもいけれない人もよくいます。自分も高校2年・3年と2年間行けませんでした。だから今は事実上は高校2年生なんです。
それでいて、周りの人はがんばってバイトをしているんです。
まして自分の家は人より貧乏。働かないといけない。
ただまた父ですが「バイトしろ!」という言葉がどうしても…だめで…。
言葉の裏に「俺のために働け」というのが聞こえてくるんです。

また働くことに良いイメージがないというか…。
それも父です。父が仕事の愚痴を言うこと。
マイナス思考と古い考えで「仕事は苦しいもの」「金が全て」というのがあって…。
どうしても愚痴になってしまいます。ごめんなさい。


それとこれは言いたかったことですが、みなさんのコメントにすごく救われました。同じ思いを持っている人たちが自分のために言葉を紡いでくれることに感謝です。
自分がかろうじて自分として繋がっていた状態なので。
他者の言葉というアクションがなかったから。
ようやく自分が確認できたなと感じます。

やはりコメントを観ると、もういい加減お金を稼ぐ、自立するというのをしないといけないんでしょうね…。
苦しいですね。
未来が恐いです。誰だってそうなんでしょうけど…。
何か良いバイトがあれば。やってみたいですね。
自分の意思したいですよね、きっと。

そして親との関係を諦めないといけない。
違った苦しみがあります。
でも優しさを持たないほうがいいのかもしれません…。

自分は中学2年生(このころから不登校でした)から病院に通っています。
個人のクリニックで、そのころからのカウンセラーと医師に診てもらっています。薬をもらって毎日飲んでいます。アーテンとリスペリドンです。
相談はのってもらっていますが、実際統合失調症の他の患者を知らないので、5年近く通院しているのは長いのか短いのか分かりません…。
変な情のようなものもあって、病院を変えるのはどうなのかな、と思ったり。
あるいはインフォームドコンセントをするべきと思ったり。その時によって変わります。
症状が出るとなぜ治らない!と変化させようとします。
最近はまだ落ち着いているので。悪い意味だと進展があまりない状態です…。

すごく長いメールになってしまいました。
2度も答えてくださって本当にありがとうございます。
自分のことなのでまた送るかもしれません。
もしよかったら回答していただけると助かります。
ありがとうございました。




 ●村松コメント●


学校に行かなくてもいい、と言われたのは初めて?
そうか、世の中では誰もそうは言わないのですね。

私が「行かなくてもいい」と書いたのは、「すべてをあなたの意志で決めなさい」ということです。
つまり、あなたは自由にならなければいけない。
しかし、あなたは今、少しも自由ではありません。

今回のメールでいろいろなことがわかりました。
今回はあなたに苦言を呈さなければいけないようです。
自由に生きるための厳しい苦言です。
心を引き締めて読んでください。

誤解がないように、この意見も自由に受け取ることができるということを最初に確認しておきます。
あなたの匿名性は確保されています。
私はあなたに意見を言います。
しかし、あなたに対して一切強制する力はありません。
また、強制する理由もありません。
まっすぐに受け取られればうれしいけれども、受け取らなくても仕方ありません。
あなたが受け取るかどうかはあなたの自由です。

そういう構造を理解して読んでください。

*
さて、あなたは私の忠告に従って、ある日学校に行かなかった。
それはあなたの選択です。
しかし、次の日は学校に行った。

>この言葉を鵜呑み?というか感化されて、昨日は都市部まで映画を見て、図書館で小説のアイディアを練っていました。
休んでもいいのか、という思いもかなりありますが、それでも休んでもいいと言われたことが初めてだったので…。
ただやっぱりそのままずるずる行きそうで怖いので、しばらくしたらまた学校に戻ります。現に今日も行きました。

これはあなたの自分の意志を示したくない、という性向をよく表しています。

>鵜呑み?というか感化されて、

つまり自分の意志ではなく、私が言ったから休んだ、という言い訳を用意しています。

>休んでもいいのか、という思いもかなりありますが、

ここでもあなたは上手に判断を保留しています。
つまり、「休んだのが悪い」と言ってしまえば、今まで休んだのは何だったかと問われる。
しかしながら、「休んでもいいのだ」ということを自分の言葉で言ってしまえば、それはあなたの意志と責任になります。
あなたはなるべく責任からは逃れたい。
だから、非常に微妙な言い方を用意した。
「思いもかなりありますが、」とどちらにも逃げられるようにしています。

しかし、私は編集者であり、プロの文章読みなので、言葉の背後で心がどのように動いているのか、手に取るようにわかるのです。

>ただやっぱりそのままずるずる行きそうで怖いので、しばらくしたらまた学校に戻ります。

あなたは何が怖いのかというと、学校に行かないことではありません。
学校に行っても、「そのままずるずる行きそうで怖い」でしょう。
学校に行くのが当たり前だ、と思われることも怖いのです。
学校に行ってもいい、行かなくてもいい、という今の立場を失うのが怖いのです。

学校に行くなら自分の意志で行ってください。
前に書いたと思いますが、「自由」というのは、「自分の理由」ということです。
自分の意志というのは、授業に意味を見出すか、高校を卒業することに意味を見出すか、ということです。
どちらにも意味を感じないのであれば、行かないほうがいい。

行かないで、孤独と不安を感じながら一人で自分の方向性を考えたほうがいいのです。
世の中の大勢に従うのか、自由に生きるのか、どっちつかずでどちらの重荷からも逃げ続けていてはいけません。

自分の意志を放棄することで、ただ安楽なほうに流れている。それがいまのあなたの姿です。

>ただまた父ですが「バイトしろ!」という言葉がどうしても…だめで…。
言葉の裏に「俺のために働け」というのが聞こえてくるんです。

これはあなたが言ってはいけない言葉です。
その理由を説明しましょう。

前回、お父さんを「狂ったメカニズム」と呼びましたが、それは殺意を緩和するという緊急かつ最大の目的があったからで、今回、じつはじつに普通の人だと分かりました。

お父さんはあなたにたぶん似ているのです。

>「仕事は苦しいもの」「金が全て」

働くことがイヤで苦痛で仕方がないのです。

あなたがお父さんの立場だったら、と考えたこと、一度もないでしょう?

働くのに何の楽しさも感じないのに、家族と自分を養うために働いています。
ところが、自分の長男が学校に行かない。
高校に4年行っているのに、まだ2年生。
卒業する気があるのかどうかもわからない。
だからといって、アルバイトもしない。
進学する気も働く気も見えない。
自立する気があるということを示さない。
将来、自立する能力があるのかどうかもわからない。
襟首をつかんで締め上げたいけれども、統合失調症という病気があるために、どこまでが病気でどこまでが怠惰なのか、いまいちわからない。
お父さんは、自分が仕事が嫌いだから、息子もたぶんそうなのだろうと見当をつけています。
しかし、病気という最終的な逃げ場があるために、それを詰め切ることができない。
だから、いつもイライラしています。

未来が怖いのはお父さんです。
親というのは、あと教育費が何年かかる、養育費が何年かかる、しかし、それで子どもは自立する、それまで辛抱すれば楽になる、と考えるものなのです。
しかし、あなたは学校には行かない。自立しようという努力はしない。
ひょっとしたら、一生ぶら下がろうとしているのかもしれない。
それでいて、親には少しも感謝はしない。
それどころか、ときに殺意と憎しみに満ちた目で、自分を見ている。
たぶん、自分を見下している……

これでイライラしないのは、聖人かそれに似た人です。
イライラするお父さんはごく普通の人です。

わかりますか?

「俺のために働け」と言っているのは、お父さんではなくて、あなた自身なのです。

あなたがお父さんに「俺のために働け」と言っている。
それは恐ろしい支配です。

しかし、それを正当化するために、お父さんを劣った存在として見下す、というトリックを使っているのです。

心というものは不思議で面白い。
「俺のために働け」
というキーワードをあなたはお父さんのメッセージとして巧妙に文中に隠しました。
しかし、私には文章の中でこの言葉が異様にびかびかと光って浮き上がって見えたのです。
この言葉何だろう、と考えた結果、上記のことがわかったのです。

あなたは謙虚にならなければいけません。
お父さんは大嫌いな仕事をあなたのために(も)しているのです。
あなたは家族のために何もしていません。
自主映画を撮っていても、それをお父さんを見下す心理的道具に使ってはいけません。

もう一つとても大切なことを言わなければいけません。

それは、私にメールしてきたのは、あなたの「本心」だということです。
表層意識がどんどん自分に都合のいい心理的なトリックを作り出してしまうのに、もっと深いところにいるあなたの本心が「もうこんなのはイヤだ!」とアクションを起こしたのです。
これが今回のSOSの本質です。

だから、私にこれを言わせているのは、あなたの本心です。
私もあなたの本心に語りかけています。
病気の人にここまで言って大丈夫か、と思う読者がいるでしょう。
しかし、私は心配していません。
あなたはこれを受け取ることができます。

受け取ってしまえば、一瞬強いショックを受けても、あなたは肩の荷を下ろしたことに気づくでしょう。
今まで必死に取り繕っていたものを、これからは取り繕わなくてよくなったのです。
とてもシンプルに自分の足で歩くことができます。

自立の道を探り始めるか、あるいは、一生親にぶら下がって暮らしたいのか。
あなたは自分の意志をはっきりさせなくてはいけません。

後者を選んでも私はかまいません。
しかし、「ずるずると」ではなく、自分の意志で選んでください。
その場合も親を憎む、というトリックは捨ててください。
このトリックを持ったまま親に養われていると、おそろしい自己合理化と独善の道を選ぶことになります。
そして、社会とはまるで接点がもてない人間になるでしょう。

自立の道を探り始めるのは、よりよい選択です。
できるところまででよいのです。

あなたのメールからは、心理的抵抗を除けば、アルバイトすることは可能である、と自己評価していることがわかります。

簡単なアルバイトを週に1日2日でも始めてみるべきです。
始めるのが遅くなるほど、心理的抵抗は増大します。
コメントに次のようなメッセージがあったのは読んだでしょう?

>一つ目はバイトで、これが清掃のバイトだったのです。ほとんど人と会話をしないで、えんえんと身体を動かし続けました。すると、不思議と心が安らぎましたね。そのうち、道行く人を観察する余裕が出てくると、「ああ、世界は学校と家庭だけじゃない」という認識のゆとりがでてきました。
 こういうふうに非常にゆるやかに、身体のほうから順番に外に開いていくのがいいと思います。だから、村松さんの時間つぶしという提案には賛成です。ただ、バイトをすると、すごく小さいですが社会ステータスがつきます。周りの反応が少し柔らかくなるかもしれません。そのほうが気が楽なら、少し考えてみても……今の就職事情はよく分かりませんが。


あなたがアルバイトを試しに始めてみたら、それだけでご家族の見る眼は変わります。
あなたがあなた自分自身を見る眼も変わります。
一歩踏み出すことをお勧めします。

(この記事はコメント不可とします。ご意見ご感想はメールでください)。


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