INNER LIFESTYLE DESIGN
 〜ナチュラルに生きる方法論序説
投影の蓑虫 認知の歪み8
JUGEMテーマ: 


昨日、投影について書きました。

哲学的議論は純粋かつ極端なケースで考えることになりますので、今日は少し泥臭く具体的に考えてみましょう。

投影していいことがあるでしょうか?

たとえば、テストで50点だった子どもが、100点取るべきだと自分に投影したらどうでしょう?
それで、次のテストで実際に100点とれば、それはいいことだとしましょう。
努力次第ですからね。

しかし、努力しても100点を取れなかった子どもは、やる気を失って50点すら取れなくなってしまうかもしれません。
努力が身になりやすい素質と、そうでもない素質というのがあったり。
そもそも素直に努力する素質があったり。

そして、素質がるある人でも次第にハイクラスの戦いになると、ついていけなくて挫折したり、というのもよく聞く話です。

人生に高めのハードルを設定して次々にクリアしていく人というイメージがありますね。
私は全くそういうことができない性質なので、そういう人の割合は40人くらいのクラスで2〜3人ではないかな、と思います。

そうすると、他の人は自分に100点満点を投影するより、60〜80点くらいで、「自分はまあこんなものかなあ」と思っているほうが心は伸び伸びします。

でも、今日の商売は「誰でもやればできます」と追い立てるわけです。

「この方法を知れば誰でもお金持ちになれます」
「この方法で誰でも美人になれます」

簡単にいうと、そういうメッセージが日本中に溢れかえっています。

それでみんなジタバタともがいてしまって、心が苦しくなるのです。

やってもダメなものはダメだからね(と言ってしまう)。

もっとありのままの自分でいいと思わないと。

そういう外の基準を投影するのをやめようとすると、何が起きるかというと……、自分は空虚だ、何も持っていない、と感じるのです。

でも、空虚なのは外の基準の自分ですから。
その内側にありのままの自分というのがあるんだよね。
その空虚感を乗り越えると見えてきます。

ありのままの自分、生まれたままの素質、というものを一度も考えたことがない人が話をすると多いのです。
意識することがないから、たいてい発育不全なのです。

生まれたままの自分というのは、蓑虫みたいなものです。
後から教育された価値観で蓑を編んで、それと一体化して暮らしています。
しかし、あんまり一体化しすぎると、どこまでが蓑でどこまでが自分かわからなくなってしまいます。
だから、蓑を剥がされるのはとてもコワい。
剥がされるとらっきょうみたいに芯に何もないのではないか、と怖れる人がいます。

投影というのは、この蓑です。
蓑と一体化してしまうのは、あきらかによくないでしょう。
蓑虫が蓑から這いだして、広大な世界にじかに無防備に出会う、それが自由なのです。

しかし、自由になる以前に、自分の生まれつきのものと、後天的なもの、これを意識、区別できなければいけません。

**
 多くの方に読んでもらえるようにワンクリックお願いします。

**
質問やセッションのお申し込みは、kokoro@hiden.jpまで。
(セッションはただいま空きがあります)

博多セミナー、参加者募集中!






心理学というもの / comments(4) / trackbacks(0)
Comment








あらゆるものが剥がせるとも言えるし、何も剥がせないともいえますね。

あまり実用的な比喩ではありません。
この比喩には深入りせず、投影という概念を理解したら捨ててしまったほうがいいかもしれません。
from. 村松恒平 / 2009/09/27 9:38 AM
 蓑の材料全てが悪いわけではなくて、着脱ができないくらい固まってしまうのがマズいのだと考えました。蓑を全部とったら仙人になってしまいそうです。
 ただ「蓑のいいところだけ取り入れて」なんて虫の良い話もやっぱり無理ですし、気がつくと向こうからくっついてくるので、剥がす訓練は必須なのかも。

 村松さんは絶対に剥がせない蓑ってあると思いますか?
from. 海巳 / 2009/09/26 2:55 PM
わかりやすいと言ってもらえて救われました。

心の世界は、自分に引きつけて考えた人の声がないと、抽象的すきる論理ではないか、と私も不安になるのです。

小説の話ですが、お金の論理で上昇していくことだけが、表現ではありません。

身の丈にあった表現は、快適であり、他の人が読んでも快く温かいものです。
服と同じで身の丈以上のものを着ても、似合いません。
そういう自分の内なる基準を大切にしたほうが、可能性は広がると私は思います。

そういう可能性に目がいかない世の中の勢いがあります。
それとは違う流れを作り出したいのです。


from. 村松恒平 / 2009/09/26 1:11 AM
今日のお話は物凄くわかりやすいですね。
実は私は、あるところで小説の書き方を習っています。
なんとか人様に読んでいただけるものは書けるようになりましたが、プロになるための鍛練をしよう、とすると失速する感覚があります。
直感で、あ、こりゃあ無理だ。このまま突き進んでいったら
自分のキャパシティを越えて倒れるな…。
そう感じます。
私はプロになるよりも同人誌を作って仲良しの友人に読んでもらうレベルが「一番生きやすい」それが身の丈にあって生き方なんだ、と思っています。
それを「あの人は学生でデビューした」とか
「普通の主婦なのにデビューした」
などど自分のコンプレックスを刺激するような比較をすると自滅すると、近頃わかってきました。


from. ぽん / 2009/09/25 3:14 PM
Trackback
この記事のトラックバックURL: http://kokorogadaiji.jugem.jp/trackback/85