INNER LIFESTYLE DESIGN
 〜ナチュラルに生きる方法論序説
ムービーを止めろ! 認知の歪み6
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何度かお話したことのある女性から、以下のようなメールをいただきました。

*(以下メール)

心から見た過去と未来 認知の歪み4 へのコメントです。

コメント欄に書くのは気恥ずかしくなったのでメールで送ります。

過去はムービーに過ぎないと実感できたらだいぶ楽になりそうな気がします。

というのも、いま怖いと怯えているものは過去のムービーを勝手に再現しているからという自覚がある、でもいつまでも上映中なのにうんざり。だからです。

過去のムービーを見たくないと目をそらすと視力が落ちます。(明らかに世界がぼやける)

ちなみに、視力がぐんぐん落ち始めた時期と、すごく頑張って社会適応した時期が一致するんですよね。ついでに足が太くなった時期も。

なので、過去のムービーの自動再生がなくなれば(少なくなれば)視力もよくなるかなー。足細くなるかも。という期待とやじうま精神もあるんです。

続きを楽しみにしています。

**
●村松コメント●

視力が落ちたり、足が太くなったり、というのは、面白い現象ですね。
いや、面白がってはいけないかもしれませんが、かなり興味深いです。

ムービーといっても、映画館でやるわけではなくて、いきなり自分の要る部屋のテレビがすごい音量でイヤな映像を流し始めるような感じでしょう。

そんなテレビだったら、修理するか、コンセントを抜いて捨ててしまうかしますね。

心の中で起きた現象はどうすればいいのか?

まず、そのムービーという構造を理解して、それは自分ではない、異物であると認識することです。
過去が自分ではない、ということは言いづらいことですが、それが自動再生されてしまう機構自体は完全に異物であるといえます。

異物であると認識すれば、人体に異物を排斥する働きがあるように、心も次第にそれを排除します。

時間がかかるのは、このシステムが脳内麻薬と結びついているからです。
このシステムが発動するたびに、苦痛が生まれます。そして、苦痛を緩和する脳内麻薬が出るのです。
この脳内麻薬に中毒して、人は自分の苦痛を手放さなくなるのです。
SMは、まったくこういう原理です。

そこまでシステムを理解すれば、この自動的機構は異物として客観化されます。
そうすると当然排除する力が働きますが、いわゆる「深く食い込んだ」状態においては、遅々とした歩みになるでしょう。

そういうときに、本当に排除的なプロセスが働いているか不安になると思いますが、そこでいっぺんに投げ遣りになってはいけません。
認知の歪みでいう「オール・オア・ナッシング思考」ですね。
ちょっとうまくいかないと、積み木でもすぐにグシャグシャに崩してしまう。
そういうふうに「どうせダメなんだー!」と投げだしたい心が第一の関門です。

とにかく、時間がかかります。というのは、そういう状態に根を生やすにも時間がかかっているからです。
しかし、それに対処しようとする気持ちがある以上、遅すぎません。

年齢がいって心が硬化してしまうと、異物のはずのものも一体化してしまって人格の一部になってしまいます。そうなると、本人にも他人にも手がつけられません。

第二の関門、それは出てきたときにいじらない、ということです。

ムービーという比喩を使いましたが、ここではアブクという別の比喩を使いましょう。

水面があって、下のほうに泥が堆積していて、そこからボコリっと、ガスが浮かび上がってきた。そういうイメージです。水面でアブクがパンと弾けて、中の有毒ガスが漏れる。臭くてイヤな感じ。

それは人への怒りの爆発であったり、爆発できない恨みであったり、自己嫌悪であったり、いろいろです。

このとき、「ガスが抜けた」と思うことが大切です。
悪いものが出ていった。
それは戻りません。
オナラやゲップをしても、体内に戻らないでしょう。

出たということは軽くなったということです。
手術のあと、ガスが出ないとお腹が苦しいでしょう。
それと同じです。
抜けると楽になります。

ところが実際に何が起きるかというと、「またやった」という自己嫌悪に陥るのです。
そして、言葉で自分を責めます。
しかし、そうして責めることで、同じ事を繰り返さなくなることはありません。
そうでしょう?

したがって、自分を責めることは無益だということが確実に言えるのですが、それ以上に有害なのです。
最初に書いた「泥」というのは、簡単にいうと無意識のことです。
そこからせっかく異物があがってきたのに、言葉で自分を責めると、もう一度それを抑圧してしまうのです。

わかりますか。ここはとても大切です。
ガスとして上がってきたときには、それは異物なのです。
しかし、それを出るに任せないで言葉で干渉してしまうことで、再び自分と一体化してしまうのです。

アブクがでてきたときに、それを否定せずに出るに任せること。
他人事のように、「あ、出た」と思ってください。

それができると、4回5回と繰り返すうちに(それくらい繰り返すことがあります)、少しずつ毒ガスが薄れているのに気づくでしょう。

それが私が知るムービーへの唯一効果的な対処法です。

このように、心には何が正しいかを知ることと、それをストップすることには、全く別のプロセスがあるのです。
「これは間違っている」とわかっていてもやめられないことがたくさんあるでしょう。
「わかっちゃいるけどやめられない」という歌の通りなのです。
認知の歪み10か条も同様なのです。
とてもよくできた分類ではあるけれども、それを生かすためには、やはり心をいろいろな角度から眺める経験を積んだほうがいいのです。

「わかっちゃいるけどやめられない」
このことは、現象としては誰でも知っていることですが、その現象を注意深く見ていくといろいろなことがわかります。


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心理学というもの / comments(9) / trackbacks(0)
Comment








人に期待している無知さ、無防備さが、愚かに思えてくるんです。
from. tomato / 2009/10/02 10:25 AM
ムリヤリに自分に当てはめなくてもいいですよ(笑)。

でも、なんで人と楽しく話したことが「バカみたい!」なんでしょうね?
from. 村松恒平 / 2009/09/24 6:48 PM
何か抽象的な言葉が連続して、わかったようなわからないような気持ちでいましたが……

「上のコメント」と「下のコメント」と、それに対する村松さんのコメントを読んで、少しわかるようになりました。


わたしは、過去の自分を思い出した時――特に、人と楽しく話したこと、だれかに何かを欲求したこと、自分の欲求を表現したこと……などに対して、

プライドが許せなくなって、反射的に「バカみたい!」とつぶやいてしまう癖があって、やめようにもなかなかやめられません。

これが、「言葉で自分を責める」ということなんでしょうか。もう呪いといってもいいと思います。
from. tomato / 2009/09/24 6:10 PM
●上のコメントの方

コメントありがとうございます。そういうふうにきちんと受け取って生かしてもらえると、私も書いている甲斐があります。

たくさんの本を読んでも、知識が自分という核を中心に統合されなければ、働かないのです。
スピリチュアル本、部分的にはいいことを言っているものもあるのですが、むしろ、純度、精製度が重要なのです。9割いいことを言っていても、1割いい加減な事を書いてあれば、無益かむしろ有害になります。
よいものだけを読んでください。

というか、当分、このブログだけでいいです(笑)。

目は、エネルギーの最大の出入り口です。
外と交わりたくないと思えば、悪くなっても不思議はありません。

下半身は……、好奇心を失って引きこもりがちになると歩かなくなる、というのが、いちばん普通にありそうなことです(笑)。


●下のコメントの方

そうです。そういうふうにつきあっていけばいいのです!

受け止めたプロセスをきちんと書いてくれたので、とても参考になります。

また変化を感じたらコメントしてくださいね。
from. 村松恒平 / 2009/09/24 12:24 PM
9月4日のコメントでお世話になったものです。その節は温かいコメントをありがとうございました。

私はあの日から「恨む」ことを止めようと誓い、二日ほどは楽な気持ちですごしていました。
ところが、そのころ、立て続けに悪夢にうなされるようになり、コレは一体なんだろう?と思っていました。

わかったのは、受けた傷を「わすれないで」と心が言っている、ということです。
そこで、こころに思い浮かんだ気持ちをそれなりに受け止めていると、悪夢は見ないようになりました。
しかし、こんどはその「過去の傷」とやらにふりまわされるようになりました。
結局、「恨みをすてる」と決める前と同じになってしまうのです。
いったいどうしたら、と途方にくれておりましたところ、今日の記事と出会うことができました。

過去の傷を「忘れる」のでもなく「押し込める」のではなく、ただ、傍観していればいいのですね。
おかげさまで、とても体調がいいです。

嫌な気分が現れると、少し嬉しくなります。「おー、でてきたね。」と言った感じです。
こうやって過去と付き合っていけばよいのですね。
from. / 2009/09/24 11:31 AM
 はじめまして。村松さんのブログを読み始めてまだ一週間ほどですが、あまりにも鋭い正解を突きつけられて、感謝とともにコメントいたします。私は40代女です。小さいころからずっと人間関係や自分の心で苦しんできました。
 10代のころから自分はどうしてこうなのかと心理学やスピリチュアル系の本を読んできましたが時ばかりが過ぎていくようで焦っていました。しかしこの記事を読んで潔く過去を手放せそうです。
 ちょうど今、この記事にある第一関門、どうせだめなんだーと荒れていたところでした。
 うんと時間はかかったけど無駄に人生過ごしてたわけではなかったと思いました。第二関門のいじらないというのも大事ですね。
 年齢も年齢ですし、私自身も手がつけられなくなる前に出会うことができてありがたく思っています。
 それから、メールの女性の方、目が悪くなることと足が太くなること、私も同感です。
 一番心が傷ついたいじめのころから、急に目が悪くなり、下半身だけが太くなってきました。体型はともかく、私の家系は眼鏡をかけてる人が私以外にはいません。
from. / 2009/09/24 11:12 AM
しーさん

過去の呪縛から解放されてください。


midoriさん

タバコはちょっと違うかな(笑)。

禁煙はがんばればがんばるほど、反動や誘惑が強くなるものです。
がんばらずに、力を入れずにへらへらと始めて、なんとなく続けるのがいいと思います。
from. 村松恒平 / 2009/09/23 11:39 PM
こんにちは。
喫煙習慣のある私は、「異物」のお話をタバコにおきかえて読みました。まさに脳内麻薬。
喫煙の場合のあぶくって何なのかなあ。
うーん、うーん。
「禁煙したいのにやっぱり吸いたい自分」かな。
from. midori / 2009/09/23 8:39 PM
はじめまして。
いつも興味深く読ませていただいてます。

ムービーの再生のお話は、まさに過去に捕らわれている自分にとって、非常にためになるお話でした。
from. しーさん / 2009/09/23 7:49 PM
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