INNER LIFESTYLE DESIGN
 〜ナチュラルに生きる方法論序説
難しさについての寄り道 認知の歪み5
JUGEMテーマ:

難しい、というコメントをいただきました。
テレパシーは正しかったです。
難しい、ということ、読む、ということは、心の働きに関わることですから、少し(またも)脱線してそのことについて書いてみたいと思います。

テレパシーではなくて、じつは書くときに「どれくらい伝わるかな」、という手応えはわかるのです。
でも、表面的な反応のいいことばかりを書こうとすると、迎合的になって、体系性やバランスを崩してしまうのです。

私も本来、もっと読みやすい読み切りコラムで書きたいのですが、なんかズルズルとつながってしまいます。
そうしないと大事なところがこぼれてしまうのです。

最近、読みやすい、わかりやすい心理学風コラムが多いですよね。
ミクシィニュースにも、「あなたが嫌われる7つの話し方」とか、そういうコラムが載っています。

ああいうのは、ガラクタですから、真に受けてはいけません。
どんな話し方をしても、好かれる人もいれば、嫌われる人もいます。
またそういうところにリストされていないものでも、イヤな話し方はあるでしょう。

そういうもので、「ちょっと得した感」を感じるのは、無料のカップヌードルに釣られて列を作るのと同じです。短期的には毒にも薬にもならないし、長期的には有害です。

なぜ有害かというと、ガラクタの断片を入れることだからです。
しっかり身につかず、生きていく意志と一体化しない知識は、心の力を損ないます。

そんなことを考えたことはなかったでしょう?

高等教育を受けていないお百姓さんや、漁民は精神的に健康です。
要らない知識を詰め込まれると、大学生くらいで心が元気でなくなってしまう人はたいへん多いのです。

我々の身体は、何かを食べたら、血となり肉となりするか、エネルギーで放出します。残りは排泄しますね。
ということは、血肉化して一体化することもなく、エネルギーに変換されることもなく、排出されることもない知識は自分の中に入れてはいけないのです。

心の中に自分の一体でない断片が存在すること。これはたいへんよろしくないのです。

よくドキュメンタリーなどを見たあとで、「たいへん考えさせられた」というでしょう?
でも、これもよくないのです。
問題意識だけを植え付けられて答がない状態というのは消化不良なのです。
放送する側も答を持っていない。だから、みんなで考えてみましょう、というけれども、99パーセントの人は解決に向けて考えたり、行動したりしません。
心の中に問題意識というものがたまるだけです。
知識は必ず、自分の中の考えにフィードバックされたり、行動の方向をわずかでも変えなければなりません。
そうしなければ、消化され、一体化されないのです。

だから、私のブログは読みやすく断片化することで、入りやすくするということはしないのです。
入るときに抵抗があったほうが、異物として認識されて消化されるのです。
したがって、わかりやすいこと、共感を呼びやすいことだけを切り取ることもしません。

ただ、わかりやすさには最善を尽くしています。

そもそも「難しい」、というのは、いろいろなレベルがあります。

1.専門用語があって難しい。

学者の中には、「ご存じのように」と前置きして難しい専門用語を使ったり前提を作り出す人がいます。あれは、面倒なので説明を省きながら、この程度のことを知らない人は読まんでいい、と差別しているのです。
なるべく、未定義の用語を使わないように努力して書いています。

2.説明がヘタであったり、論理に飛躍があったりする

これは私はプロの物書きであり、書いていることの高度さに比して、全体にわかりやすいのではないかと思います。しかし、わからない納得できない部分があれば、コメントまたは、メールでご質問ください。

3.聞いたことのない新しい概念である

すでに知られていることなら書く必要がありませんから、ここに書かれているのは、新しい概念が多いのです。
新しい概念に触れると、人はどうなるか、というと、ぼぅっとします。ときには、眠くなります。
こういう反応であれば、それは全く正しいのです。
宗教的な書物を読むときに、そういうことがよく起こります。

人の心は、新しい概念を少しずつしか受け入れません。
「今日はここまで」とストップしてしまうのです。ストップしたあと、消化しているのです。
だから、毎日、少しずつ読めばいいのです。

それから、心に邪魔する要素があると、入りにくくなります。

私も数学で、微分積分の概念がまったく入りませんでした。現実生活に類推しづらい領域になると、「こんなことを知る必要があるのだろうか」という疑問が頭をもたげて邪魔をするのです。
対数とか、虚数とか、「こんなのいるのかな?」と思っていたのです。
(じつは数学としては、そういう純粋概念が面白かったのかもしれません。しかし、もともと勉強も数学も好きではなかったのです)

「こんなことを知る必要があるのだろうか」という言葉があると、それもストッパーになります。
直観的に「必要ない」と思ったら仕方ありません。
しかし、そうでなければ、知る必要があるのだろうか? という疑問はしばらく不問の状態にしておいてください。全体像がわかってきたときに、今「分からない、難しい」と思っている部分がいちばん高い機能を持って働くのです。

難しいことは急いでわからなくていいです。
時間がかかってわかることに値打ちがあります。

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心理学というもの / comments(7) / trackbacks(0)
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私は、それこそ頭が悪い人間なので…それでも、何回も繰り返して読んでいると、地面に木の棒で何回も溝を掘ったところに水が流れるように、内容(というより書いた人の思考回路のようなもの?)が得られる時があります。

今回もそれを期待して10回読ませていただきます。

娘も、ミヒャエル・エンデの『モモ』が好きで、10回でも20回でも読んでいるのを見かけます。

それを知り合いに言ったら驚かれたのですが、もしかして同じ文章を何度も読むのは、全体では少数派なのかな?とふと思いました。

from. MT / 2009/09/23 10:03 PM
そういうの昔から「積ん読」というのです。
悪い意味はさほどありません。
それも読書の一つと思ってきました。

いつか読むかもしれないし、本の背表紙を見ているのは大切なことです。
from. 村松恒平 / 2009/09/23 6:37 PM
>読むのに10年以上かかる本もあります。読み終わっていない本がたくさんあります。
しかし、ぽつぽつと読んでいくのはいいものです。

コメントありがとうございました。
私も「読んでいない本」「部屋の棚においてあるだけの本」というのがたくさんあります。
読んでいないのに、次の本を買ってしまう。
冒頭を読んで「ぐっとひかれる」という理由だけで買ってしまうのです。

もったいないとある人は言いますし、正直自分もその通りかも、と思うときがあります。
でも、この癖は治りそうにもありません。
from. ぽん / 2009/09/23 4:51 PM
MTさん

話のよいきっかけをいただきました。
認知療法そのものには、微妙にしか触れていませんけどね。
10回も読んでいただけるのは幸せな文章です。

そうだ。お返事忘れていました。イラストは私が長期入院中に天井を見上げて描いたものです。

*

ぽんさん

眠くなるでしょう。
私も最初、これは何だろうと思いました。

読むのに10年以上かかる本もあります。読み終わっていない本がたくさんあります。
しかし、ぽつぽつと読んでいくのはいいものです。

小説家にとって、頭のよさは一つの要素に過ぎません。
大切な要素を総称するのは、「才能」という言葉です。

頭のよさも、才能も説明するとたいへんなのでしません。

強いて簡単にいうと、頭のよさよりも自分の心を日々開発しているかどうかが大切だと思います。

*
海巳さん

そういう感じで読んでもらえればうれしいです。
いずれ、ああ、このことか、と思うことがきっとありますよ。

from. 村松恒平 / 2009/09/23 12:00 PM
村松さんが「コメントも面白いですよ」という記事を書いていらしたので、僕も書いてみます。

村松さんの言葉はとても平易なので「難しい」と思うことはあまりないです。ただ、「なんかピンとこない」というのはしょっちゅうですね(笑)
ときどきある「よく分かんないけど妙に面白かった」というものは、頑張って覚えておきたいなぁ、と思っています。自分の表現に置き換えづらいので大抵忘れちゃうんですけど、ふっと思い出せるかもしれませんし。
from. 海巳 / 2009/09/23 7:21 AM
宗教的な本を読むと眠くなる……私も同じ体験を何度もしてきました。
自分が馬鹿で教養がない、とばかり思っていましたが
ちがったんですね。良かった(笑)

ところで、「真の頭の良さ」とはなんでしょうか。
有名大学を出てもよく「詰め込み式教育でなっていない」と言われますが
でもあれだけ偏差値が高い学校に入れたら、やっぱり頭がいい、というカテゴリに属します。

……なぜこのような愚問を投げかけてしまうのか、といいますと

作家は「頭が良くないといけない」とある本に書いてありました。

自分は国立大学すらはいれない「頭の悪い」子どもでしたので、その「作家は頭が良い」という言葉につまづいています。

私も小説を書いて、人に読んでもらっているのですが「面白い」といわれても
どうしても、自信がもてません。

気にしなければいいのですが、一体作家に必要とされる「頭の良さ」とは、何を基準にしていっているのでしょうか。
from. ぽん / 2009/09/22 7:38 PM
「認知の歪み」メールさせて頂いた者です。
取り上げていただいてありがとうございます。

連休で家を空けていて、帰ってきた所です。

読み始めたら本当に深い内容なので、ありがたくも、おそれ多いような気持ちです。

ここまでの段階でも、驚いたり、思い当たることも沢山ありますが、とにかくまずはついていって、テーマが完結したところでプリントアウトして、最低でも10回以上、繰り返し通して読ませていただこうと思います。
from. MT / 2009/09/22 5:26 PM
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