INNER LIFESTYLE DESIGN
 〜ナチュラルに生きる方法論序説
子は親を選べない?
「子どもは親を選んで生まれてくる。星辰の世界から魂は自分の惹かれた波動に従って降りてくる」

もう10年以上前かもしれません。ある人からこの言葉を聞いたとき、わたしはぶっ飛びました。
最近では、「スピリチュアル」の世界でもこういうことをいう人がときどきいるようですが、わたしはこのとき初めて聞いて、意表を突かれました。

「スピリチュアル」が好きな人に言っておきますが、本当に霊感に満ちた言葉は、意表をついてびっくりさせるものでなくてはいけません。
既成概念の枠組みを超えたものが霊感の名に値するのです。

ある日、宇宙人が心の中に降りてきて「戦争は愚かなことです。人間たちよ争いをやめなさい」と言ったりするでしょう。それは別に人間でも言いますから。別に宇宙人に言ってもらう必要はありません。
神様も同様です。人間に想像がつくことを言うなら、それは人間で十分で、そういう想像を超えたところにふっと連れていってくれるものが本物です。

それで、私はこの言葉にどかんと意表を突かれたのです。
はまらないと思っていたパズルの一片がはまった感じ。

そうだとすると、「どんな親の元に生まれても、自分の責任で文句言えないじゃん!」 ということになるのです。
わたしは自分については、「ああそうかもしれないな」、と感じました。
皆さんはどうでしょう?

コメントにもありましたが「子は親を選べない」という考え方が一方にあって、その正反対に「子は親を選んで生まれてくる」という考え方があります。

「子は親を選べない」というのは、まことに息苦しい世界です。
偶然にひどい親の元に生まれてしまったから、わたしは不幸だ、ということになるわけです。

「子は親を選んで生まれてくる」というと、偶然ではなく、自分自身に主体性があることになります。
親のせいにしていたものが自分に返ってきてしまいます。

親に強いうらみを持つ人にとっては、どちらが辛いでしょう?

私は後者がお勧めです。
自分の中に要素があると分かれば変えていくことができます。
偶然が自分を支配しているという考えに立てば、永遠に自分に主導権はありません。

「子は親を選んで生まれてくる」というのは、物質的な世界観の領域を超えています。
したがって、信じないという人もいると思います。

しかし、心というものを考えるときに、物質的合理主義の枠組みの範囲内だとどうしても収まりが悪いのです。
ユングは、錬金術なども研究した立派なオカルティストでした。

不合理というものを切り離してしまうと、心は居心地が悪いのです。

かつて、あらゆる人は素朴な信仰心を持っていました。日本には八百万の神様がいました。
そういうときに心は安定していたのです。

しかし、科学の発達がそういう領域を合理性の外の闇に追いやってしまいました。
無神論はたかだか500年ほどの歴史しかないと何かで読んだことがあります(人類の誕生は500万年前)。
神様がいない生活に人類はまだ慣れていないのです。

では、神様がいなくなった分、人の生活が合理だけですむようになったか、というと、そうではありません。
占いがブームでしょう。スピリチュアルやまじないの類もブームです。かつてのオウムのような教義がきわめて怪しいカルト宗教にも、インテリがころりとだまされてしまったでしょう。

かつてアメリカに禁酒法があったときに、酒はギャングのたいへんな資金源になりました。
それと同じなのです。素朴な信仰心が失われても、人は合理性の外にある神秘性への憧憬は捨てません。
その部分を怪しい連中がいいように食い物にしています。

合理性の中だけで生きて来た人は、ある意味まったく免疫ができていないから、粗雑なものにも簡単にだまされるのです。

一方で心理学は、学問ですから、実証的なデータをもとにしてしか研究や推論ができません。
心を扱うのに、物質的なデータを基盤にしなければいけない、という奇妙なことになっています。

最近は脳科学がブームです。たしかに面白い発見もありますが、脳=心ではありません。
でも、そう誤解させるような扱いが多いですね。
心をすべて脳の働きに還元してしまう、というのは、じつは心にとって、たいへん危険な思想なのです。

心はいま、そういういくつもの潮流に翻弄されて、自分を見失っています。
しかし、本来は心が中心でなくてはいけません。

このブログは「心」を中心に書いていきますから、今の時点ではあまり神秘主義の領域には深入りしません。
しかし、そういう領域についても理解しておかないと、心は解けません。

プロレスに場外乱闘というものがあるでしょう?
あれも反則の領域ですが、そこまで含めてプロレスなのです。
リングの上で行われていることだけがプロレスになってしまったら、ダイナミズムやドラマツルギーの幅が失われてしまいます。

心について、考えるときにも、私たちの心のすぐ外側に、神秘や不合理というものがあります。
そういうものは排除しようとすればするほど、ある割合で私たちの中に侵入してくるもので、ある割合でご近所づきあいをしておいたほうがいい、というのが私の考えです。

そんなわけで、今回は「子は親を選んで生まれてくる」と、神秘と不合理の領域に向けて一本の補助線を引いてみました。

そう考えたときに、あなたの心の中にどんな波紋が生まれますか?
それを感じてみてください。



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Comment








くまちゃん、なぜ男と女がいるか分かっているのか?
オス、メスのように異性が存在して、異性の間で遺伝子を交換して、親とは異なる遺伝子を生産することを有性生殖といいます。
それに対して無性生殖がある。異性なしで単体で新しい個体を生み出すことを無性生殖と言います。無性生殖では、延々と自分の分身ができるだけで変化があまり見られません。無性生殖では、環境の変化に順応できず絶滅する可能性が高くなります。
有性生殖では、異性間で遺伝子を交換しながら繁殖するため、常に変化を伴います。その分、環境の変化に順応しやすく、絶滅しにくいです。有性生殖は、生き物が進化の過程で得た画期的な繁殖方法なのです。これは人間も例外ではない。
足の短い犬がほしいとなれば、足の短い犬を掛け合わせて、足の短い犬を作り出すことができる。有性生殖だからこそできる技です。
ここからが本題です。犬は人間の都合で格好の悪い形にさせられてしまうことがある。人間は、より良い遺伝子を残す為に、自分でより優秀な相手を探すことができる。優秀な者は、より優秀な者を求め、ダメな者は優秀な者に相手にされず、妥協してダメな者を選ぶ。そしてより優れた者だけが残る。そのことを淘汰(とうた)される、と言います。親が異性を選りすぐりして、結果、生まれくる子供。子供は親の選りすぐりを受け止めることしかできない。子が親を選べるなら、ダメ親のところには、子供は生まれないだろう。それでも子供が生まれてくるのは、子供を作ってしまうのは、淘汰されたくないという気持ちが親にあるからである。子供に期待する親の意思があるからである。



from. カズキング / 2011/12/21 11:12 PM
くまちゃん、長々とありがとう。
意思がないのに引き寄せられる件、身近にある磁石で例えたほうが、頑固な頭には分かりやすいかと思ったんだけどね。なぜ精子が卵に向かって進めるのかは解明されているので、例える必要はなかったのだが。決して精子に意思があって卵に向かっているわけではない。くまちゃんが信じたくなくても、もう解明されているんだ。だから、妄想はやめるべきなんだ。
本能が疑わしい話は、よく分からん。疑わしくて、それで何が言いたいのか分からなかった。今でこそ中絶は簡単にできるけど、昔は中絶するのは難しかったのだと思う。人間以外の動物に至っては、中絶という概念さえないのだと思う。まずは身ごもらせることに意味があり、身ごもる=繁殖につながるわけです。人間は身ごもった状態をキャンセルする裏技を使えるだけ。
あの世からこの世に修行しにきている、ようなことを言う人がいます。くまちゃんが妄想しているのも、その類の話ですね。昔から思うのですが、そうであるならば、あの世この世を行き来するのであれば、わざわざ女の股から生まれてくる設定になっている意味がわからない。ターミネーターのように、突如、空間に現れる設定のほうが良いですよね。そう思いませんか?
from. カズキング / 2011/12/21 9:51 PM
わたしもきっとあなた寄りの考え方です。で、「子どもは親を選んで生まれてくる。星辰の世界から魂は自分の惹かれた波動に従って降りてくる」という言葉をどうすれば肯定できるだろうかなと、近頃こういったことを肯定したいような気分なのです。

『ひと組の男女が子を授かりたいと望んだとき、授与者との間に回線がひかれるというのは周知のこと』
きっと噛みついてくるだろうなとおもって、餌を撒きました。案の定でありました。遊んですいません。

>⇒くまちゃん、レイプされたって妊娠するときゃ妊娠するんだよ。人間の理性で嫌がっても、子孫(自分人身)を残そうとする本能には逆らえない。周知されているって、一体どこの宗教の話だい?
についてでですね。本能についてなんですが、本能という概念自体が疑わしいものだという意見をどこかで聞いたことがあって(そんな考え方あるの知ってました?)、それはこの一年以内のことで、驚くべき初耳だったわけなんですが、それ以来「本能」という言葉に疑いをもってしまいました。使い方に自信がもてなくて、今までのように口にできなくなってしまったのです。わたしがそれまで持っていた「本能」の意味は、食う、寝る、性交するといった、人間が(人類がの方がいいのかな)生き、また繁殖していく上で必要不可欠な、生まれた時点ですでに備わっている欲求でした。性交に関してこういう思い出があります。13歳のときの性教育の時間の話です。「セックスは気持ちいいのか」と訊ねられた保健体育の先生が、「気持ちいいい。気持ち良くなければ、色んなものが絶滅していたかもしれない」と言いました。それを聞いていたわたしは、先生の言いたいことはわかったのですが、(その理屈なら、お産も楽なものであるべきだったんじゃないのか)と思ったのです。本能というものはヒトが抗えない代わりに、苦痛は伴わないものとなっている、という教師の論法を見抜いたのです。性行為とお産は、一連のものではないような気がその時にはすでにしていたようで、そうして子作りを目的としない性行為を何度も体験してきたわけですが、振り返ってみればあれはやはり気持ち良くなるためにしたがっていたようです。食べずにはいられないのであれば、せずにもおれないはずですが、巷に野良子供は見かけませんし、また産まずにはおれる手段をヒトは見つけているわけです。必要が産ませた発見ですね。ところで、まったく食べずに生き続けられる手段は研究されているのでしょうか。わたしには必要のないことのように思えます。レイプは犯す側の一方的な意志であり、犯される側に避妊を選択させなかったために、機能上、受精しただけですね。受精したくないのに受精してしまったということであって、産みたくなければ選択はできます。産まない選択をしない、つまり産むというのは、心情や信条や教義上などに因るのであって、ヒトというのが産まずにはおれないようにできているからという理由からではなさそうです。
>億単位で飛び出した精子の一匹一匹に意思があるとは思えないでしょう。
すいません、その頃のことを覚えていないのです。自分が生まれてきた、そのお産のときの記憶が残っている子すら希だというではないですか。それより古い記憶となると、お手上げです。
>意思というのは、脳内ネットワークの働きによるものなので、遺伝情報と鞭毛しかない精子に意思があるわけがない。
すいません、身近にチンポコでものを考えるという知人がおりますもので、ひょっとすると精子だって…と仮説をたててみたのです。
>また、卵ひとつに対して、精子が一匹では、途中で死んでしまって受精する可能性がほぼゼロになってしまう。だから、億単位なんだよ。
はい。わたしが思い付きを書いていたときにあたまにあったのは、競争に勝ち残ったAと、競争をしてこなかったがAと同じものを持ちあわせていたB、わたしならBみたいな人がタイプだなということでした。努力型というのにあまり魅かれないという。不謹慎でしたね。ご指導ご鞭撻ありがとうございます。
>ご存知のとおり、精子は睾丸で作られます。おびただしい数の精子が、皆、均一に作られるでしょうか?俺たちは生き物であって、機械ではない。鞭毛の動きが強い精子、弱い精子、個体差があるのは当然。意思が強いとか弱いわけではない。たまたま勢いのある精子が受精出来だだけだ。
上とおなじような状況でしたためたものです。ご指導ご鞭撻ありがとうございます。
>ではなぜ、精子は卵に向かって進むことができるのか?わかりやすい例えをすると、鉄が磁石に引き寄せられるが如く、精子が卵に向かって進んでいるのだ。鉄にも磁石にも意思はない。だが引き寄せられるという作用が発生するのだ。卵と精子にも、磁気ではないが、そういった作用があるのだ。そう
from. くまちゃん / 2011/12/21 5:44 PM
考えると分かりやすいでしょ。
ここはひとつ、生き物ではない磁石に例えるのではなく、なんとか頭をお絞り頂いて生き物例えでお願いしたいところでした…。その方が決まった気がするんです。俺たちは生き物であって、機械ではないんだもんねー。
http://www.s.u-tokyo.ac.jp/ja/press/2011/07.html
まだわたしの中では不審者ですので、とても失礼ですがクリックしていません。せっかくなのにほんとうに申し訳ないです。
>だから、くまちゃんをはじめ、変な妄想を抱くのは、いい加減やめてください。お願いします。
お願いされてもわたしはまた妄想に走ってしまうと思います。わたしの頭は誰にもいじくられたくないのです。ですからわたしへのお願いはきけそうにありませんので、第三者、そうですね、神様にでもお願いしてください。
それでは。
from. くまちゃん / 2011/12/21 5:43 PM
まだわたしの中では不審者ですので、とても失礼ですがクリックしていません。せっかくなのにほんとうに申し訳ないです。
>だから、くまちゃんをはじめ、変な妄想を抱くのは、いい加減やめてください。お願いします。
お願いされてもわたしはまた妄想に走ってしまうと思います。わたしの頭は誰にもいじくられたくないのです。ですからわたしへのお願いはきけそうにありませんので、第三者、そうですね、神様にでもお願いしてください。
それでは。
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くまちゃん
億単位で飛び出した精子の一匹一匹に意思があるとは思えないでしょう。有性生殖してるのは、人間だけじゃないんだよ。他の動物の精子にも人間と同じ意思があるとでも言うのですか?意思とか、心とか、精神とか、実体がないと思っているなら、思い違いも甚だしい。意思というのは、脳内ネットワークの働きによるものなので、遺伝情報と鞭毛しかない精子に意思があるわけがない。
また、卵ひとつに対して、精子が一匹では、途中で死んでしまって受精する可能性がほぼゼロになってしまう。だから、億単位なんだよ。
ご存知のとおり、精子は睾丸で作られます。おびただしい数の精子が、皆、均一に作られるでしょうか?俺たちは生き物であって、機械ではない。鞭毛の動きが強い精子、弱い精子、個体差があるのは当然。意思が強いとか弱いわけではない。たまたま勢いのある精子が受精出来だだけだ。
ではなぜ、精子は卵に向かって進むことができるのか?わかりやすい例えをすると、鉄が磁石に引き寄せられるが如く、精子が卵に向かって進んでいるのだ。鉄にも磁石にも意思はない。だが引き寄せられるという作用が発生するのだ。卵と精子にも、磁気ではないが、そういった作用があるのだ。そう考えると分かりやすいでしょ。
最近の研究では、その作用について解明されてきている。下を参照してごらんなさい。

http://www.s.u-tokyo.ac.jp/ja/press/2011/07.html

だから、くまちゃんをはじめ、変な妄想を抱くのは、いい加減やめてください。お願いします。
from. カズキング / 2011/12/21 1:25 PM

だから、くまちゃんをはじめ、変な妄想を抱くのは、いい加減やめてください。お願いします。
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〉ひと組の男女が子を授かりたいと望んだとき、授与者との間に回線がひかれるというのは周知のこと

⇒くまちゃん、レイプされたって妊娠するときゃ妊娠するんだよ。人間の理性で嫌がっても、子孫(自分人身)を残そうとする本能には逆らえない。周知されているって、一体どこの宗教の話だい?
from. カズキング / 2011/12/21 2:30 AM
思い描いていたような子供が、生まれてくるわけでもないのであるから、親も不幸である。馬鹿として出てきたものが馬鹿のままであるケースが、ほとんどではないか。教養と年季でばれにくくしているだけで。女と男が性交した結果出てきたものは、生き物である。その男女がヒト同士である場合、出てきたその生き物が外見上ヒトの子である確率は非常に高い。ヒトとの合いの子。倫理リンリン。ひと組の男女が子を授かりたいと望んだとき、授与者との間に回線がひかれるというのは周知のこと、欲しいと思い自分で産むケースを選ぶ場合、することだけはこれ、やはりしなければならないのである。わたしがわたしとして生まれたのには、意志があった。わたしの半分は意志に基づく。数億が早々に死んでいく中、ただ卵を目指した。卵の容姿が見える所まで辿り着いたとき、好みとは違ったといって立ち止まるものやひき返すもの、もう少しそばで確認したいとそのまま泳ぎつづけるもの、無心で尻尾を振り続けるもの、そうしてわたし。わたしは卵の容姿が気になるようなこともなく、ただ卵の中に飛び込むのだという自覚のない意志でもって突入した。(なぜ、わたしが一番であったのだろう、なぜわたしだけが唯一であったのだろう)とわたしは思う。最も強い者だけが勝ち残るのであれば、最も強いわたしだけを送り込めばよかったではないか。強いとは何か。競争を勝ち残ったものを強いとするのであれば、生まれ出てきたものの強さにバラつきが見られるのも当たり前なのだろう。それぞれの体内でそれぞれの競争が繰り広げられた。死んで生まれた子の亡骸も、実はひとつの強者の姿なのである。卵に到達していたのが、鼻先ひとつでわたしに敗れたあいつであったなら、同じ男から射精されたもの同士とはいえ、違ったわたしででもあったのだろうか。もし遺伝のみが人格を形成するのだとすれば、いまのわたしであるために、あいつとの競争は別に必要なかった。ほんの少し強いという差をわたしは活かせているのか知りようも知りたくもない。生きているとは、際どいはなしである。授与者とは慈善赤ん坊斡旋団体か、子攫いベビーブローカーか神さまかXか。なんにもわからない。望む親、望む子。思い通りにならない事態もまた、意志が招いているのかどうか。ふー。

なににも到ることなく、ただ浮かんだ順に。ふー。
from. くまちゃん / 2011/12/20 5:30 PM
村松さんの「妄想癖」が
一日も早く治りますように♩
from. カズキング / 2011/12/20 2:37 PM
貴重な「ご意見」ありがとうございました♪
from. 村松恒平 / 2011/12/17 1:27 PM
> あなたの言いたいことが、「こんなダメ親をオレが選ぶわけ> ないじゃあないか」ということであれば、それは違います。
> 前世の恨みをもって追いかけて来ることもあるのです。

村松さん、笑い話もほどほどに。
子供は、親の意思で生まれてくるんです。
子供のことを考えていようが、考えてなかろうが、
性的知識があろうが、なかろうが、
性行為の後、受精、妊娠したら生まれてくるんです。
これは否定しようのない事実だ。

私が親のことを恨もうが、ダメ親から生まれたことを
嘆こうが、私には親を選ぶ決定権どころか、生まれて
からでしか、それらの感情を抱くことができないんです。
後の祭りってやつですよ。違うか。

あなたの質問は、死後の世界を意識しすぎている。
頭がカチカチになっているので、緩めてから質問してね。
from. カズキング / 2011/12/17 3:44 AM
村松さんが言うようなことは、誰でも言えます。死後の世界があることも、ないことも証明できないから、断言するのはおかしいと。そうやって百年後も二百年後も同じことを言い続けるつもりですか人類は?この問題を永遠の課題として掲げるのではなく、ある程度、ロジカルに考えて、そうであろう結論に導くことが大切だ。
例えば私が、本当は何も見えていないのに霊が見えると言い出したらどうなるか?本人が見えると言ってるのだから、見えるのだろう。そう片付けられかねない。百パーセントそれが嘘だと証明するのは、現代の技術では難しいからである。何もないところに架空の世界を作り出し、それを利用して霊感商法に発展させても、前述のとおり、誰も百パーセント否定できない。どうしてそんなことが、まかり通るのか?村松さんのような人が沢山いるからです。困ったものです。
私が幼い頃、テレビで霊能者が数人集まって、霊視対決をしていた。霊能者達は、それぞれいろんなことを言うけど、それぞれバラバラなことを言っていた。この対決から言えることは、霊能者にちゃんとした霊視をしてもらえる確率は、非常に少ない。否、もうゼロだ。
人に限らず、生き物は生まれて、子供を作り、そして死んで行く。その繰り返しがあるからこそ、私も村松さんも存在している。古い細胞が死んで、新しい細胞が産まれる、細胞分裂の延長線に親と子という関係がある。そこに、死後の世界がなければならない理由がない。なぜありのままを受け止めようとしないのか?すぐに生まれ変わりがどうのこうの、天国がどうのこうのと難癖をつける。親しい人を失ったときの悲しみに耐えられないからか?
from. カズキング / 2011/12/16 11:10 AM
死後の世界は僕はたぶんあるだろうと思っています(それが世間の人たちの思うような姿とは限りませんが)。

しかし、ないという可能性も否定しません。

しかし、あなたはないと断言します。
その確信はどこから来ていますか?

外からインプットされたものか、あなた自身が考えたものか。

あなたはそれをロジカルな結論と考えている可能性が高いですが、そのロジックはあなたの中では完結していても、他の人を説得できるものではありません。

つまり、あなたはあなたが「死後の世界はないと信じている」ということを表明しているに過ぎません。

同様に「死後の世界はある」と見てきたように100%断言する人もいます。
しかし、僕はその断言によって死後の世界があると信じることはできません。

つまり、そのように思い込んでいる人が一人いる、というデータが増えただけなのです。

ない、と断言するというのはそういうことです。

「放射能は安全だ」と言っている人もいます。
断言というのはいくらでもできるのですが、私はこういうことを信じている人だということを表明する以上の意味はありません。

あなたの言いたいことが、「こんなダメ親をオレが選ぶわけないじゃあないか」ということであれば、それは違います。

前世の恨みをもって追いかけて来ることもあるのです。

そういう考え方がいわゆるカルマです。

でも、あなたは独立なさった。

「私のように殺意を抱くようになったら、とにかく親から離れることをお勧めします」

この部分はおおいに同意します。
親を憎んだり軽蔑したりしながら、経済的には依存しているケースがたくさんあります。

きちんと独立なさったのは立派です。
親に対しては非情でいいです。
愛憎どちらもいらない。
愛情も恨みも両方一回全部捨ててしまうほうがいいです


from. 村松恒平 / 2011/12/11 11:33 AM
死後の世界なんてないですよ。ましてや子供が親を選んで生まれてくると言うのは、笑い話だな。
親が性欲を満たす行為をしたから(きれいに言うと愛しあったから)子供が生まれてくるわけで。それは人間に限らず生き物の本能だ。人間社会とて弱肉強食なわけで。ダメな者は淘汰される運命にある。子は親を選べないとは、よく言ったもので、ダメな遺伝子を引きつがされる子供の立場にもなって欲しいです、ダメ親には。親に対して殺意すら感じる。そのままでは殺人事件になってしまう為、私は独立して親元を離れました。人それぞれ事情があるので、私のように殺意を抱くようになったら、とにかく親から離れることをお勧めします。
from. カズキング / 2011/12/08 1:19 PM
桑原さん

全てを自分の意志に還元できる考え方は人を自由にします。
偶然が自分を決めている、という考えは、永遠に人を不安と不満の中に置きます。
from. 村松恒平 / 2009/09/19 12:02 PM
「子どもは親を選んで生まれてくる」ということを、16年ほど前に聞いたとき
私には1歳の子とおなかの中の子がおりましたが
まさしくそうに違いない、と電流が走ったように実感しました。

私は自分の母親との関係でずいぶん悩みましたが
思えばその考え方を得てから、自分が楽になって言ったように思います。
(実際には、気持ちの整理をつけるにのはそれから更に時間がかかりましたが)

from. 桑原美砂子 / 2009/09/19 9:11 AM
神様は直接信じればいいのであって、宗教という代理店を通す必要はない、というのが私が「神様学入門」に書いたことです。

生命には善悪はありません。
植物にも動物にも善悪もないし、悪魔もいないでしょう。
人間の分別の便宜が善悪を作り出しているだけです。

人が賢いのはよいことですが、生命・本能・自然から遠ざかれば、心身は弱っていきます。
from. 村松恒平 / 2009/09/17 11:44 AM
ありがとうございます。コメントを見て肩の力が抜けました。
私もキリスト教の押さえつけるような教えに耐えきれなくなり、幼い頃から通っていましたが、上の子が生まれてすぐに教会に行くのをやめました。

家族関係が悪いのは悪魔の仕業で
新しい価値観、つまりキリスト教の教えを実行できなくするためだ、というのが教会の考えでした。
そのためには、自分の中身を変えていけばよい。
自分の悪い部分を受け入れて、自分が神に愛されていることを知ればよい。

だけど、現実の教会の説教は、いつもの悪魔と戦え戦えばかりでした。それで疲れてしまいました。
白黒はっきりわかれているのも嫌でした。

宗教の言葉は確信をついているなって思うときもありますが
怖いなって思うときもあります
from. / 2009/09/17 6:03 AM
知らないでいいから忘れるようになっているのです。

前世とかも同じです。
あんたが知ってどーすんの?(笑) という人ほど好奇心で弄んでいます。
from. 村松恒平 / 2009/09/16 9:34 PM
でも
すーっかり、忘れちゃってるんだもん、選んだ事
思い出せたらいいな。
from. てくてく / 2009/09/16 9:23 PM
神が決めた、というのは良かれと思って決めたのでしょうかね?
そこで修行させるとか?

もし、そうだとするとネガティブにとらえたら一貫性がありません。

それとも、人の都合に関係なく決めたのでしょうか?

だとすると、偶然に決まったという考えと大差がありません。そこに神様が決めたのだから逆らうな、という重しが乗っかっていることになります。

心を自由にしていくという観点からみると、正直に言ってキリスト教はあまりいい教えではありません。

ひとさまの宗教にあまりくちばしを入れてはいけませんが、罪悪感というものを焼き付けるというのは、心にはいちばんよくないのです。

from. 村松恒平 / 2009/09/16 8:05 PM
「子どもが親を選んで生まれてくる」
上の子を妊娠中に、産婦人科においてあった本で読んだことがあります。
でも私はキリスト教の影響を強く受けているので、どうしても「神が私の親を決めた」と考えてしまいます。
そうすると、神が決めたことなんだから、しょうがないという無力感に似た気持ちを抱くことがあります。
from. / 2009/09/16 7:31 PM
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