INNER LIFESTYLE DESIGN
 〜ナチュラルに生きる方法論序説
心を軽くするセッション/一期一会・非リピート系

私の行っているセッションについて、話の切れ目で書こうと思っていましたが、いっこうに話が切れる気配がないので、ここで割り込み的に書くことにします。

セッションとは、聞き慣れないでしょうが、いわゆるカウンセリングと思っていただいてもいいでしょう。

しかし、違う名前を使うにはわけがあります。
カウンセリングには、さまざまな公的な資格が関わっています。
カウンセラーの資格を取るためのサイトには、こんな解説があります。

「学校心理士、 交通心理士、 催眠技能士、 産業カウンセラー、 医療心理士、 認定心理士、 臨床催眠資格、 臨床心理士、 臨床発達心理士、 応用心理士、 認定カウンセラー、 交流分析士、 家族相談士、 家族心理士、 教育カウンセラー、 精神対話士、 心理相談員、 遺伝カウンセラーなどがあり、そのなかでもカウンセラーとしての区分には、医療、教育、司法、福祉・公衆衛生、産業、研究の6つの分野に分かれており、各々が専門職としてまったくちがった内容を求められることになります」

この分類以外にも何かありそうですが、いずれにしても恐ろしくたくさんの領域に分かれているものです。
それぞれに学会やら、さまざまな団体などが関わって、それぞれの基準を作っているのでしょう。

こういう人々のテリトリーにはあまり抵触したくない、というのが、違う名称を使う理由の一つです。
その分、わかりにくくなっても仕方ありません。
旧来の資格や権威は、私は持っていないし、ほしくもないのです。
ここに私が書くことによって、信用してくれる人だけを相手にするのでいいのです。
団体がいくつに分かれても、心の本質は一つです。

カウンセリングという言葉を使わないもう一つの理由は、カウンセリングには、治す人、治される人、というにニュアンスがついて回るからです。
これは捉え直すと、医者と患者のアナロジーです。

僕の使うセッションは、音楽の領域で、いわゆるジャム・セッションと言われるものです。ウィキペディアでは、以下のように書いてあります。

>複数のミュージシャンが共に演奏すること。一度きりのものなど、継続的でないものを指すことが多い。ギグやジャム。

医者と患者は、リピートすることが前提です。
医者はあまり簡単に病気が治ってしまっては、仕事が減ってしまいます。
患者も自分に病気というレッテルを貼られて、そのモードに入り、不安になった分、医者に依存していきます。
心には身体以上に言葉が干渉しますから、「病気」というレッテルを受け入れることは、つねに病気であるという意識を自分に焼き付けていることになるのです。

セッションは一期一会です。
何のセッションかといいますと、あなたの心の迷いや、悩み、重さをめぐる対話によるセッションです。
心そのものは扱えませんから、言葉を扱います。
自分について考える言葉の構造の中にいろいろなものが詰まっているのです。
押し入れの中にぎゅうぎゅう昔のもの、見たくないものが詰まっている。
それは、自分では整理しきれないので、一緒に押し入れから出して、「これはいらないんじゃない?」「これ捨てちゃおうよ」「これはこういうふうに収納すれば?」そんな話をすると思ってください。

中には、ばっちくて触りたくないものがあったり、コードや針金が絡んでややこしいものがあったり、一回では全部押し入れから出し切れなかったりするケースもあります。

しかし、押し入れから出して、光をあててしまうと、相談しに来た人も自分から、「これはたしかにいらない」「これは忘れていたけど、大好きだからまた使おう」といろいろなことを考え出します。
整理していく方向性とモチベーションが生まれて、いろいろなアイデアが出てきます。

そうなると、あとは本人が整理を実作業として進めていく時間が必要なわけで、それには、少なくとも何か月かかかります。
だから、方向性がわからなくなったり、どう処理していいかわからないモノにぶつからない限り、セッションのリピートをする必要がないのです。あまり干渉することは不要なだけでなく、余計な依存関係を生み出します。
この整理作業の間、僕はときどきメールをもらって簡単なお返事を書くだけです。
整理している本人にとっては、毎日、さまざまな発見があるようで、日が経つにつれて、内容はいきいきとしてきます。心の中で、こんがらかっていたものがほどけていく様子が伝わってきます。

そういうプロセスには、ある時間が必要なのです。押し入れに何がどれくらい詰まっているかによってプロセスは違います。しかし、確実に整理されて心は軽くなっていきます。

医師や、占い師、カウンセラーといった職業は、給料制ではない自営の場合、リピーターによって成り立っているといって過言ではありません。
しかし、私にとっては、あまりリピートするということは、セッションがうまく行っていないということです。

ときどき「いいカウンセラーがいるので、もう何年も通っています」という人がいます。
私は「ああ、そうですか」と言って何も言いません。
こういう人は、もうそのことにかなり心理的な投資をしてしまっているので、依存関係ができあがっています。それを外から否定することはできません。人が寄りかかっている杖を振り払ったり奪うことはできません。
自分で気づくしかないのです。

カウンセラーがリピートを前提にするのは、商売だから仕方ありません。
私のセッションはどうしてリピート前提でなく成立するか、といえば、私の本筋は「書く」ことだからです。
自分の方法論でセッションをして、セッションで得た観察をまた自分の捉え方にフィードバックする。そのようにして理解や方法論を裏打ちし洗練させていきます。書くことに6のエネルギーを使い、セッションそのものに4というバランスで考えています。

極端に言ったら、このブログを読むだけで、心というものの輪郭がしっかりしてきて、エネルギーがきれいに回るようになる。それを目指しています。
それではちっとも私にお金が入りませんが、売れるか売れないかわからない本など書いていたのでは間に合わないと思って、無料でオープンに読んでもらえるブログという形式を選んでいるのです。
いわば、日本全体の「心という畑」を耕したらすごいことになるだろうな、というのがいちばんの書く動機なのです。その作物を自分のものとして取り込む方法については、いまのところ、大したアイデアがありません(笑)。そのうちなんとかなるでしょう。

読むだけではわからない。自分にどう適用したらいいのかわからない、まだ書いていないことや、もっと深いことが知りたい、という方だけがセッションを利用していただければと思います。

割り込みついでに、次回はセッションの具体的なことを書こうと思います。




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すばらしい比喩で賛辞をありがとうございます。

アンチ文章のジャンクフードです。

我ながら、話の展開が今の世の中では地味すぎないかと思うことがあるのです。
てれさんのように素材の味がおいしいと言っていただけると勇気づけられます。

書籍化の予定はまだありませんが、本を買ってくれるというのも、いちばんうれしいですね。
from. 村松恒平 / 2009/09/03 11:04 AM
いつも楽しく村松様の文章を読ませていただいております。初めてメールを送らせていただきます。村松様に伝えたい気持ちを例えるなら、「いつも肉とジャンクフードばかり食べている私に、新鮮で甘くてシャキシャキの生野菜を毎日タダで届けていただいてありがとうございます。本当に新鮮な生野菜ってマヨネーズなんてかける必要ないですね!」っていう感じです(笑)私現在、仕事が大変でお金はかなりピンチですが、こちらのブログ、本になったら買いますよ!
from. てれ / 2009/09/03 2:58 AM
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