INNER LIFESTYLE DESIGN
 〜ナチュラルに生きる方法論序説
引きこもり脱出4 系統的読書法と生きた知識
 [2 知識はネットワークで働く]

自分の好きな著者や領域を見つけたら、その関係書を通ったあとにぺんぺん草も生えないくらいに読み漁る、というのが、大切な読書法です。
もちろん、最初は気が向いた本を読めばいいのです。ただし、知己を求めるのが目的ですから、現代のベストセラーはやめましょう。もっと人の知らない自分だけの領域を作り出すのです。
そうして、気になる作家がいたら、その人の本や周辺の本を楽しく読める限りは系統立てて全部読んでしまいましょう。

面白い本は宝物です。
それを私は自分の中で「鉱脈」と呼んできました。
金の鉱脈を見つけたら、1グラム残らず掘ろうと思うでしょう。
それと同じで、面白い本を見つけたら、その周辺をどんどん掘り進むのです。
図書館が無料だというのは、このときもたいへん役立ちます。

私の大学の文学部の卒論では、作家をとりあげる場合、作家の作品を全部読む、しかも生きている作家ではいけない、ということがルールづけられていました。
それならと、ある女性は、生涯にたった2冊しか著書を残さなかった作家を探してきました(笑)。

2冊しか著書のない作家なら、2冊を読めば全てを読んだということになるのです。
100冊著書のある作家であれば、99冊読んでもすべてを読んだとは言えません。
100冊読んでも、存命の作家の場合、101冊目を書いてしまうから、全てではなくなってしまいます。
だから物故した作家が対象なのです。

全てを読んでいないと、ある理論を立てたときに、読んでいない部分に例外があるかもしれないのです。

これは学問の方法論であって、私たちは、卒論を書くわけでも、学者になるわけでもありませんから、そこまで厳密である必要はありません。
しかし、一人の作家を全部読んだということは、一つの完結した宇宙を内的に所有したことになるのです。
だから、好きな作家は少なくとも主要な作品は押さえる努力をしましょう。
友人などとある作家について語る、ある映画監督について語るなことがありますね。そのときに、その人の主要な作品をおさえていないと、なんとなく歯が抜けたような迫力のなさになってしまいます。
何かについて考えるときは、手に入る情報はなるべく多く集めたほうがいいのです。

ここでは、知識の量が多いのがいい、という話をしているのではありません。
絶対量が多いことではなくて、同じ読書でも、領域を絞って集中的に体験することが心にとってたいへん有益なのです。

一人の作家を読んでいけば、解説などでその人の背景や生き方などを知ることになるでしょう。
著作の一覧を見て、まだ読んでいない本のチェックをするのも楽しいものです。
そして、その周辺でも読みたい本がでてきます。
そういうふうに読み進めると、知識がネットワーク状に広がっていくのです。

知識は、そういうふうに組織されているときに、心の力になります。
詰め込み式教育という言葉がありますが、バラバラに押し込まれた知識は、心の力を削ぎます。
知識の断片は、判断に干渉してきます。
「こういうときはこうすべきだ」という知識があっても、なぜそうなのかを知らなければ応用が利きません。
「こうすべきだ」が成立する前提もわかりません。
ただ機械的に応用してうまくいなかいことがあります。
であれば、いっそ何も知らなくても、その場の状況を見渡したほうがよい判断ができる場合があります。

【生きた知識と死んだ知識】があるのです。
個人の中で系統樹やネットワークを持たない知識は、死んでいますが、刺激を受けると機械的に起動することがあります。
それが先入観になったり、固定観念になったりします。
ネットワーク化した知識も、誤ることはありますが、他と連動していますので、つねに新しい情報や経験によって補正されて行きます。
人から疑問を呈されたときも、生きた知識は体系的に他と照らし合わせることができますが、死んだ知識の場合、新たな判断と結びつきません。
むしろ、感情と結びついて反撥することが多いのです。
このような断片的な知識の起動は、結論が決まっているので「考えている」ことにはなりませんが、本人は考えていると思いこみます。
(このような観察は、他人を批判するときに用いやすいものですが、このブログの主旨は他人に対して優越することではありません。まず自己観察に10使ってから、他人に対して1くらい使うようにしてください。そうしないと道を失い、頑なな人間になります。それこそが断片的な知識の働きです)

生きた知識を自分の中に取り入れる、そのいちばんいい方法が、系統的かつ自発的読書です。

【知識と心の関係】、考えたことなかったでしょう?

これは学校では決して教えてくれません。



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読書 / comments(9) / trackbacks(0)
Comment








記し忘れていました。カポーティの「冷血」、これも月初めに読み終えていました。

この方は物故した外国人作家で、圧倒的な面白さでした。
「ティファニーで朝食を」は映画も見、小説も以前読みましたが、「冷血」とのこのギャップは何だろう。

故人カポーティ、死に方もいわくありげで、どういう人物なのか、しばらく作品を追っていこうと思います。


これきりに致します。
それでは福岡、頑張ってくださいませ。
from. / 2009/09/30 4:51 PM
八日目の蝉(角田光代・図書館)、井伏鱒二の全集(図書館)、織田作之助の全集(図書館)、赤い高粱(莫言・図書館)、わたしの名は紅・雪(オルハン・パムク・図書館)、ママグランデの葬儀・族長の秋(ガルシア・マルケス・購入)、ブリキの太鼓(ギュンター・グラス・図書館)、ガープの世界・ホテルニューハンプシャー(ジョン・アーヴィング・購入)、痴人の愛(谷崎潤一郎・購入)、百年の誤読(岡野宏文、豊崎由美・図書館)を読み終え、初めての太宰治、その全集を借りて参り、収録作品の中から「ヴィヨンの妻」と「斜陽」という二作を読み終えたところです。

 故人、存命入り乱れ。ちかごろ面白いと思うのは、

 外国の文学作品、日本の全集。

 日本の故人の方の全集が面白いと思えるのは、お説のとおりなんだろうなとわたしも感じております。

 外国の存命の作家の文学作品が「うわぁ、めちゃめちゃオモロイやんけ…」と感じるのがどうしてかしらと、単に自分がそういう生理周期にいるからなのか、他にわけがあるのか、わたくしなりに、なんとなく感じとろうと思っております。
from. / 2009/09/29 5:21 PM
人っていうのは、みんな変なのですよ!
普通の人というのはいないのです。

協調性が高くて、わりと平均的な人というのはいると思うけれども。みんな多かれ少なかれ必要以上に普通の人のフリをして心に余計な面倒を抱えていますね。

ヘンな人が生きやすい世の中にしましょう!

*
そして、

>自分の環境を適切な言葉で置き換えると、何て元気になれるんだろう、と思いました。

これこそ、まさに私が感じてもらいたいことです!
from. 村松恒平 / 2009/09/02 1:29 PM
はい!流れに負けないように生きていきます。そのほうが実は生きやすいです。

>自分の感覚で、自分の鉱脈を掘っていく人、そういう人がやがて人としての面白みや味がでるのです。

自分の感覚で生きていこうとすると必ず「変な人」で片付けられてしまいます。
でもそれって世の中全てCMだからなのですね。

自分の環境を適切な言葉で置き換えると、何て元気になれるんだろう、と思いました。
from. うさぎ / 2009/09/02 10:42 AM
流行のものに参加していないと取り残されるのではないかと焦らせる。そういう時代です。
それはCMの手法ですね。
世の中、みんなCMになってしまいました。
そういう流れに負けないでください。

自分の感覚で、自分の鉱脈を掘っていく人、そういう人がやがて人としての面白みや味が出るのです。
いろいろな人がいきいきと暮らせる世の中にしていきたいですね。
from. 村松恒平 / 2009/09/02 10:01 AM
私はまさに「一人の作家の周辺を読み漁る」タイプの人間です。だけど今まで、そういう考え方は視野が狭く、みっとも無いことだと思っていました。
一時(そして、つい最近まで)いろんなジャンルの作品を読もう、と努力したことがありました。しかしいざ読み始めると、最初の数ページで飽きてしまい挫折。自己否定感だけがのこる、というありさまでした。

今日、このブログが自分の感性を肯定してくれました。ありがとうございました。
from. うさぎ / 2009/09/01 9:38 PM
絵に二件も反応をいただいてびっくり(笑)。

入院中、上しか見られないときの絵だから、ちょっと切ないのです。
from. 村松恒平 / 2009/09/01 11:31 AM
今日の絵は 絵は 絵は・・・なんて表現したらいいかわかりません。とにかく、きてます。
表現するってむずかしい・・・
from. てくてく / 2009/09/01 9:58 AM
今日の絵はなんだか泣いている子どもみたいですね。
from. 泰三 / 2009/09/01 6:54 AM
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