INNER LIFESTYLE DESIGN
 〜ナチュラルに生きる方法論序説
心を後回しにしないで、の続き
「心を後回しにしないで」を何か抽象的な話と感じられた方がいるかもしれません。しかし、これにはベースがあります。
 人の生活を精神、経済、社会の三分する法は、僕のオリジナルではありません。

フランス共和国憲法に「自由・平等・博愛」という標語があるのはご存じでしょう。

何か抽象的な理想のような言葉が並んでいますが、じつは、この言葉が上記の三分法に対応しているのです。

「精神生活における自由」、「社会的(法的)生活における平等」、「経済的生活における博愛」というように、理想はそれぞれの領域、層に分かれているのです。

たとえば、経済においても平等が理想、ということになると、みんなが同じ財産を持って、同じような収入があって、ということを目標にすることになりますが、この標語はそういうことは目指していないのです。

精神が自由であること、法律でアンフェアに裁かれないこと、経済的に困窮している仲間を助けること。
簡単にいうと、そういうことだと思います。

この標語には、かなり濃くフリーメーソンリーの理想が投影されている、とも言われています。

いずれにしても、ヨーロッパにおいては、精神がきちとんした自分の居場所のスペースを確保している、ということを感じます。
バカンスを1か月取る、というようなことも、日本だったら考えられないですね。
個人の中、社会の中に、しっかりと精神の居場所があって、それが個人主義のベースになっています。

ヨーロッパがすばらしい、という話ではなく、日本人には日本人のすばらしい精神のあり方があると思うのです。ただ、いま日本にはアメリカ経由の短絡的な実利主義と個人主義が入ってきていて、もともと個人というものをさほど重んじない日本の特質の上に、個人主義が上塗りされているのです。

ここ30年ほどで、日本人のメンタリティはおどろくほど変わりました。
簡単にいうと、昔はもっと人情がありました。
いまは、「義理と人情」なんてほとんど死語になってしまいましたね。

今の日本には、椅子と椅子の間に腰をおろしているような、どっちつかずの居心地の悪さ、というものがあると思います。

心の話をするときに、まずそういう大局的なベースから始めてみたかったのです。

次回は「精神の自由」ということについて考えてみます。

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