INNER LIFESTYLE DESIGN
 〜ナチュラルに生きる方法論序説
依存する人
 JUGEMテーマ:

人は絶対的な価値としては自立しているけれども、相対的な価値の世界では、ときどき不安になり、人に支えてもらいたくなります。

片足を持ち上げたときに、ふらふらすると、片手を軽く壁につくと安定するでしょう。
あれと同じで、いわば一つの「基準」というものを借りればいいのです。
全身で寄りかかる必要はないのです。
どうしてかというと、一瞬ふらついただけで、自分自身で立てるのだから。

不安なときは、誰かしっかりした人、話せる人のところに言って、相談するといいでしょう。「ああ、そういうのあるよね」「自分はそういうときこうしているよ」というようなことを話してくれます。

相談しなくても、その人の落ち着いた物腰や話し方に触れるだけで安心できるかもしれません。そういうことが「基準を借りる」ということです。

ところが、いつも不安な人は、基準を借りるのではなくて、つかみに行ってしまう。体重を相手にかけなければ不安なのです。
これがいわゆる「依存」ということになります。
(これは前に書いたように、幼年期に絶対的な価値というものを承認されなかったという経験から来ることが多いのです)

自転車の乗り方を覚えかけのとき、誰かに押さえてもらっていると思うと安心しますが、手を離されると急に不安になって身体が固くなり、余計な力が入ってグラグラしてしまいますね。
力を抜いてスピードを出すほうが安定するのです。
グラグラするから不安になるのではなく、不安になるからグラグラするという面が大きいのです。
そういう悪循環は自分自身でどこかで勇気を持って切らないといけません。

そうして、不安定な人がつかみに行きますと、しっかりした人はそれを受け止めません。自分が不自由になるし、そういう不安定な体勢は長く続きません。また受け止めることが本人のためにならないということもわかっているのです。
一見冷淡に見えるかもしれません。
でも、長い目で見るとそのほうがいいのです。

それを善意でガシっと受け止めてくれる人は、本人も不安定な部分を持っていることが多いのです。
こういうつながりがいわゆる「共依存」ということになっていきます。

不安定な者同士が両手でつかみあえば安定するか、というと、そういうことにはならないのです。一人一人が自分で立っていなければ、重心がグラグラと移動して、複合的不安定になります。それはどこかで破局するか、ぎりぎり保ってもお互いに怖くて手を離すことができない状態です。

第一、それでは歩くこともできません。
人の心というのは、じっとしていれば安定しているかといえば、そんなことはないのです。
歩くこと、前進することで自己調整し、安定するのです。

自分は一人で立っている、という前提から始めること。
つかむのではなく、基準をちょっと借りる、ということ。
これが大切です。

自分を理解してくれる人、尊敬できる人、何でも話せる人。
そういう人が基準になってくれる人です。
そういう人を周囲に探し、作りましょう。
同年齢だけではなく、少し年長の人もいいかもしれません。

そういう人がいれば、とくに話さなくても、存在するだけで心の支えになってくれます。不安に沈まないためには、そういうしっかりした支えをできれば複数持つことです。

そういうことがわかってくると、自分のすきなアーティストの本やCDや絵でも同じ役割を果たすことがあります。要するに、基準だけを借りられればいいわけですからね。
心のエネルギーの法則 / comments(5) / trackbacks(0)
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こんにちは。久しぶりにこちらのブログにきました。


この記事を初めて読んだのは、今から約三年前。
その時の感想は、「わかるような、わからないような。」というものでした。

でも、三年たった今では「あー!!わかる」と頷きながら読み終えました。

人は一人で立っている

という前提、というか、自信は、三年前の私にはありませんでした。
そして、

ふらついてもまた立てる。

という現実もわかりませんでした。体験していなかったから。

人間がふらつくことは、悪いことではありません。
でも、ふらつくことを過度に恐れたり、バカにしたりする人がいます。

ブレない人

と言う言葉が、この頃もてはやされているように思いますが、ぶれないというのは、ぐらつかない、弱音を吐かない、と言う意味でとらえている人が多いように私は、感じています。
でも、本来のぶれない人、というのは、不安や恐れでぐらつくことがあっても、自分がやりたかったことを見失わずやり遂げる人のことなんだなあ、とおもいます。
from. でんでら / 2013/08/18 10:09 AM
ご愛読ありがとうございます。

読者の方に新鮮な発見や驚きを提供できること。著者としてこれ以上の喜びはありません。

この「心が大事」は精神という知られているようで知られていない宇宙の探検行です。
僕にとっても書くことが冒険で毎日ワクワクしています。

まだまだ探検は始まったばかりです。
from. 村松恒平 / 2009/08/09 9:06 AM
ほんとうに、身につまされる思いで読ませていただきました。

年を重ねていくと、生まれくる問題も深刻化していき、悩んでいる相手に向かってダイレクトに何かしたり、言ったりすることで、助けたり満足させたりすることがむずかしくなってきています。
だからこそ、存在してくれるだけで救いになるような人やものが、ますます大切になってくるのだと、拝読していて思いました。

今までになんども芸術に救われてきましたが、そうか、基準を借りていたんだ……。
はじめての発見です。
村松さんの文章は、ほんとうに刺激的でおもしろいです。

「達磨」も読ませていただきました。冒頭の一文が目に触れた瞬間に、荘厳で厳粛な山の霊気を感じ、大げさではなく、震えがくるほど美しかったです。
びっくりしました……!

秘伝シリーズもすべて、いつも枕元にあります。
志す者である自分にとっては、まさに革命的な本でした。
感謝はうまく言葉になりませんが、いつか、しっかりとお礼を言わせていただきたいと思っています。

いつも新しい世界を見せていただき、ほんとうにありがとうございます。
from. / 2009/08/09 8:50 AM
泰三さん

コンビニやさまざまな経済の形が、私たちを個として管理して共同性から切り離して行きますね。
家族として暮らしていても、心はバラバラだったり…
from. 村松恒平 / 2009/08/08 9:51 AM
何もかも便利になってしまい、一人で事足りるようになってしまったことは支えを得るうえで不幸なことですね。あえて不便利な暮らしを送ることが良いのかもしれませんね。
from. 泰三 / 2009/08/08 12:42 AM
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