INNER LIFESTYLE DESIGN
 〜ナチュラルに生きる方法論序説
内面の声を聞くこと
 テレビを時代の大きな状況のほうから眺めましたが、今度は心の側からテレビを眺めましょう。

こちらから眺めると、テレビとネットというのはよく似た要素があります。

*アクセスするのがイージーである。
*一方的に見ていてアクションを要求されることがない。
*時間的に際限がない
*見ているだけで変化がある

ゲームや携帯もかなり似ています。
ゲームは変化は少ないし、自分がアクションをする必要があります。
携帯もメールはかなり自分も書かないといけませんね。

しかし、すべて液晶画面を見て、ヴァーチャルな世界にアクセスするという面ではこれらの4つは共通しています(テレビも携帯も現実そのものではないという意味で仮想現実に近いのです)。

人はテレビやネットに何を求めているのでしょうか?

私はある経験から、その一つの側面を知ったのです。

ある仕事先の家に何度か電話をしたことがあるのです。
そうすると、電話の背後で、いつもテレビがすごい音で鳴っているのです。
たぶん、家にいる間中、テレビをつけっぱなしにしているのでしょう。
一人暮らしの三十代の男性です。

そのときに、この人にとってテレビとは何だろう? と思ったのです。
それはノイズの発生器です。
いつも心を波立てるノイズをテレビによって鳴らしている。

もしテレビを切れば、誰もいないシーンとした家に自分一人。
そうすると、心の中からいろいろな声が聞こえてきます。
自分はこのままでいいのだろうか、という思いとか、さみしさとか、過去を悔やむ気持ちとか、空虚感の中にいろいろなものが浮かび上がってきます。

ノイズのない空白の時間そのものは、こわいものではありません。
しかし、多くの人にとって、自分自身とじっくり向き合うのは少し怖いのです。

こういう空白の時間を極端に恐れるようになると、つねに内部にノイズを取り込んで心を波立てておこうと思うようになります。水面に波が立っていると、池の底もよく見えませんね。
そのような小さな波をつねに立てておくのに便利なのが、テレビとネットです。
携帯メールをほとんど切れ目なくやっている人も同様です。
いつも心を外とつなぎとめておいて、内心の声を聞かないようにしているのです。

内心の声というのは、逃げても聞いてもらえるまで追いかけてきます。
だって、他人ではなく自分自身の声なのですから。
そして、逃げるくせがついてしまうと、この声を聞くのが本当に恐ろしくなってしまうのです。

だから、ネットも携帯メールもしない人は、つねに他人に対して苛立っているという形で、いつも心を波立てています。
自分の心が安らがないのは、他人のせいだと眉間にシワを寄せています。

引きこもりがネットばかりしてはいけない、と私がいう理由は、ここにあります。
せっかく引きこもっているのだから、それをネットやゲームだけで埋めてはいけません。
ときには静かに自分の心やさみしさと向き合わないといけません。

そうすると、ものすごく空虚を感じますけど、それでいいんです。
人はみんな多かれ少なかれ空虚なのです。
空虚であることを認めないと、自分を責めたり、足りないものを探していつまでも落ち着きません。
空虚であることを認めてしまえば、なにも財産も荷物もない旅人のようなものですから、とても気楽になります。
何者でもないのだから、自由に何かをはじめることができます。

「ああ、空虚なんだ」と心の中の小さな言葉のスイッチを切り替えてしまうと、心の中のエネルギーの流れが全部変わってしまうのです。

(次回はさらに空虚について考えます。「ネットを離れたら何をするか」という宿題にはなかなか行き着きません(笑))



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