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 〜ナチュラルに生きる方法論序説
反「反戦争法案」な人たち
反安保の動きを牽制しようという言論がニョキニョキと出て来た。
こんなものにいちいち応対してはいけない。
話が些細なところに持っていかれてはいけない。
原発のときに科学論議がそうだったように(この件は長く憂鬱なので、そしてまた些細な反論を招くので書かない)。
結果的に、原発は人類を滅ぼすクソだ、という本体を取り逃がした。
原発は危険だ。もう要らない。
それだけでよかったのだ。
議論の戦線拡大は不利なほうがすることだ。
情勢を混沌とさせる。
本筋の急所をおさえて、それに答えるまでテコでも動かないのがいい。
*
しかし、目障りなので、反反安保の主要な傾向をあげて分析しておく。
それにあてはまったら性格の悪い馬鹿だから、相手にしなくていい。
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1.
まず、反戦争法案で動く人々をたいへん類型的で、雰囲気に煽られている人だとレッテルを貼る。
これの延長線上に、民青だとか、共産党に動員されているというもっと極端で下劣なレッテルがある。
2.
そのように類型的で乗せられやすい人と見下げた上で、自分は高見に立ったようにナニか言い出す。
「ボクはそんな雰囲気に流されるような馬鹿じゃないからね。そういう経験や見識豊かなボクみるところ、政府に悪いところもあるよ。でも、なんといっても安保的なナニか必要でしょう……」
のような。
一見中間派のように見せながら、明らかに現体制を補完しています。
これは無邪気にやっていたら、相当馬鹿です。
意図的にやっていたら、相当ねじけています。
戦争法案に賛成ならば最初からそう書けばいいのです。
3.
馬鹿というのは、自分の言論がどう働くか知らない場合です。
いちばん性質が悪いのは、自分も安保法案に反対だが、と思っていながらごちゃごちゃ言うヤツです。
結局、言いたいことは「自分は賢い」ということであって、話をごちゃごちゃさせて邪魔極まりありません。
こういう人のタイムラインを見に行くと、たいてい戦争法案に対して何の反対発言もありません。
ただ他の人を批判して、自分はそれより賢いと主張しているのです。
矮小な自意識のために全体の状況を台無しにしているのです。
4.
さらにもっと悪いケースが顕著にあります。
それは「昔自分はナニナニの運動をしていたが」というヤツ。
こういう人間の反動性がいちばんひどい。
そんなに賢いなら、反対のためになることを言えばいい。
そんなに正しいなら、本当の運動はこうやるんだって見せてから言えばいい。
何もしないで昔話をしたいヤツは去ね、ということです。
目の前の状況を素直にみて、「おかしい」と言える人、行動を始めた人たちだけがただ尊い。
昔何かをした人は、関係ないのです。
すっこんでいればいいのです。
一人で自意識にひっからまって、黙って、暗い部屋で若い人のやることに嫉妬していればいいのです。
自分が何のために何を書いて、どういう影響を与えるのか、誰を利しているのか、きちんとわかってモノを書かなくてはいけません。
戦争法案に賛成であれば、旗色を鮮明にすればいいのです。
ちなみに僕は戦争法案を廃案にする、廃案にしようとしている人たちを応援する。ただその目的のために書いています。
*
「昔、ナニナニをした人」が威張っていたら、この文をシェアしてあげてください。
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