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 〜ナチュラルに生きる方法論序説
後方支援・三国志・安保法制
またまた女性のための愛の哲学は先送り。
愛のためには、基本環境に平和がなければいけません。

緊急度の高い、そちらのお話です。

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後方支援というのは、兵站、ロジスティクス、戦争に関わる主に物流のことです。

安保・対米従属戦争法案では、これを主に米軍に対して自衛隊が担うことになり、それが危険か危険でないか、という議論が国会でなされました。

もしもあなたが一度でも三国志を読んだことがあるなら、「危険だ」と一瞬で見抜くでしょう。

三国志には、諸葛亮孔明のような軍師がたくさんでてきます。
その作戦には、必ず兵站に対する攻撃が検討されます。

自国に強国の大軍が迫るような場合。
敵は数十万、自軍は数万という圧倒的な戦力差があるときに、兵站を襲い、奪い、また焼き払うのは最も有力な作戦です。

敵の軍勢が多ければ多いほど、兵站を失えば飢えるのが早いのです。
中国の広大な土地を数十日もかけて行軍している場合、兵站を失えば致命的なダメージとなります。
また兵站を支えている部隊は戦闘部隊ではありませんから、護衛がついているとはいえ、本格的な戦力に襲われればひとたまりもありません。

そのように兵站は作戦上の急所なのです。
襲撃に成功すれば、作戦を失敗させ、情勢を変える大きな戦果を得ることができます。

兵站を狙うには、日本本土へのテロ、という形で国民を人質にとることもできます。デパートや映画館などの無差別爆破などで脅されれば、平安は失われます。
米国への軍事的忠誠をとるか、国民の安全をとるか、苦渋の選択を強いられます。

自民党政府はどちらを選ぶでしょうか?

もちろん、原子力発電所を占拠して自爆テロの脅迫を行うことも可能です。

自国が理不尽に(と少なくとも当人たちに思われ)大軍によって蹂躙されそうになったとき、そのようなことをするものが現れないは言い切れません。

自衛隊はたいへんに強い戦力を持っていますが、交戦権に関してはいわゆる軍隊のように振る舞うことはできません。
また自衛隊員が捕虜になったときに、軍ではないので、ジュネーブ協定での捕虜の扱いには当たらないといいます。

民間人として捕虜になることになります。

それがどういうことを意味するのか。議論はいろいろあるでしょうが、あまりいい感じは浮かびません。

法律上のことでは、自衛隊の脱走や規律違反のケースなども可能性があります。
法律上の不備、ほころびがいろいろ出てくるのです。

従って石破という人は、軍法の整備をすでに心配しています。

つまり、後方支援でも、交戦権や軍法、国際法のさまざまな問題が出て来ます。
つまり、法的に軍という体裁を整えないと具体的な状況に対して全く整合性がないことになるのです。

つまり安保法案が通れば、自衛隊を軍にする方向で動くことになるのです。
安保法案が通ってしまったら、これはもう止められません。
戦争法案と言われる所以です。

止まらないといえば。

要らないダムや河川敷の建設が止まらないでしょう。
核発電所の再稼働も止まりません。
リニアモーターカーの開発も止まりません。
新国立競技場という、誰が見てもアホらしい、まだ始まってもいないものでも、ブレーキをかけるのにたいへんなエネルギーが必要だったでしょう。

この国は歯車が回り始めたらどれほど理性を欠いていても止まらないのです。

自衛隊が軍になれば、徴兵がテーマになるのは妄想とは言えません。

「暮らしの手帳」を作った花森安治氏は、「一銭五厘の旗」という本を書いています。
一銭五厘というのは、ハガキの値段で、つまりハガキ一枚の召集令状で兵隊はいくらでも集められる。「お前らは消耗品だ」という言い方があったらしいのです。

これに対して、軍馬は何円か何十円かしたので、兵隊よりよほど大切だ、と言われ、そのように扱われたらしいのです。

しかし、前回の戦争では、兵站の部門は、兵隊のように勇ましく戦わないということで、そのハガキ一枚の兵隊よりさらに軽く見られていたようです。

その結果、軍人の死の7割近くは戦死ではなく餓死であったと言います。
兵站は勇ましくないからと軽視した軍部の責任です。

年金情報の漏洩やら、官僚、行政、またその天下り機関のいい加減さ、無能さ、無責任は日々腹の立つことであります。
日本が戦争に突入しても、同じレベルのハンドリングになると思っていてください。

戦争そのものが愚かであるだけでなく、戦争の中に大小さまざまな愚かさが詰め合わせになって、国民の生命と生活を圧迫するのです。
今、税金を湯水のようなムダにするように人の命も浪費されます。

前回の戦争で兵站を軽視したように、今回の法案でも、またアメリカの使い走りで兵站を簡単に引き受けてしまいそうです。
どちらも軽視です。とても悪いカルマを感じます。

後方支援は、今回の法案の一端でしかありません。
日本会議、自民党、公明党は、こういうことを含む11の法案を一括審議で通そうとしています。
十分な議論はありません。ただ数の力です。

安倍首相は、アメリカへの追従の他に、近隣諸国と一戦交えたいのだ、とも言われています。
そちらはそちらで恐ろしいことです。

どこかで自衛隊員の血が流れれば、好戦的な人々はアドレナリンを沸騰させ、より声高に軍事強化を叫ぶようになるでしょう。
そうなれば、言論はますます不自由になり、歯止めはまったく利かなくなるでしょう。

ここでストップできなければ、急流を止めることはできなくなるとわたしは思っています。











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