INNER LIFESTYLE DESIGN
 〜ナチュラルに生きる方法論序説
テレビの影響力
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均質化の圧力は、多様です。

たとえば今の教育体制はいわば大量生産方式です。
大量生産というのは、つまり均質なものを作り出すこどてす。
教育全体はテーマが大きすぎるので、改めて書くことにしますが、少しだけ。

文科省は、お役所なので、そもそも教育に向いていません。
個性を埋没させているお役人が「個性重視」なんてことをいうと、ますます話が複雑骨折するのです。文科省の右往左往が、個性という言葉の値打ちを下げ、概念を混乱させてしまった面があります。
学校や先生をカリキュラムだなんだでガチガチに縛っているわけですから、個性を発揮しにくい先生に子どもの個性が育てられるわけがありません。
「うちは役所なんで画一的な教育しかしません」と四角四面なことだけやっていたほうが、まだ混乱が少なく、個性は生きる隙間を見つけやすいのではないかと思います。

……と私はすぐ発言が過激になってしまうので、教育のことはまた機会があったら書くとして。

ここで書きたいのはテレビです。

テレビは日常に密着しすぎていて、最近は誰もその影響を語りません。

僕が子どもの頃は(40年くらい前!)、テレビは子どもの教育や精神の発達に悪い、ということが了解事項でした。
学校や家庭で「テレビを見るのは30分以内」というようなことが必ず言われていたのです。ほとんど守られませんでしたけれども、

ゲームも30分以内とか、1時間以内とか言われていました。これももちろん守られませんでしたけれども。

しかし、そう言われていた子どもたちが親になる時代になって、すっかり寛容、ゆるゆるになりました。

そして、誰もテレビを批判しなくなりました。

テレビはテレビを批判しないし、新聞社はみんなテレビ局を持っているので批判しません。テレビを利用して製品を売っている広告主も批判しません。したがって、広告を出してもらっている雑誌も批判しません。

マスメディアが取り上げない論調というのは、力を持たないので、テレビは子どもに有害だという考え方は表向きほとんど消えてしまいました。

このブログは社会批判をすること自体は目的ではありません。ただ、心は独立して存在しているわけではなくて、社会、経済、法律、教育などのシステムの形がさまざまな形で反映している、ということは一度見ておかなくてはなりません。
一例を挙げるなら、裁判員制度も、日本人のメンタリティには合わないし、ただならぬプレッシャーを与えると思うのです。そういう変化の波をいつも心は消化していきます。
とくに今日のような情報化社会では、心は毎日さまざまな情報を受け入れて、ただならぬ影響を受けます。

均質化の圧力という話に戻しますと、たとえば、NHKの全国放送が始まる前は、方言とか、訛りとかは、現在の比ではなかったのです。
今も方言はありますが、誰でも標準語はしゃべれるのでバイリンガルです。
しかし、数十年前は訛りのきつい人とか、それで悩む人とか、たくさんいたのです。

方言には、地方の生活文化、匂い、ニュアンス、距離感、いろいろローカルな味わいがありますね。
しかし、テレビの発達とともに、日本全国、誰もが標準語を話すようになったのです。

均質化と私が言っているのは、何も高度で抽象的なことではなく、そういう当たり前の現象が積み重なっているということです。

最近、私が注目しているのは、テレビコマーシャルです。
コマーシャルというのは、15秒とか30秒という短い時間で、商品のイメージを視聴者に焼き付ける技術を磨いてきました。
イメージを焼き付けるとともに、実際にそれを購買するような行動を取るように誘導しているのです。

いまNHKの受信料が1,300円ほどです。東京だと民放が5局ありますから、これらの局が同様に受信料を取っていたら、6,000円以上になるわけです。
したがって、それ以上の金額、広告企業などの利潤を乗せれば何万円かの金額をテレビを見ることで使わされていると考えたほうがいいでしょう。

これは、よく考えると小さな洗脳のようなものです。
特殊なイデオロギーへの洗脳ではありませんが、消費社会に適応するように日々方向づけられている、ということは言えます。

商品開発においても、今日のマスマーケティングは、事前に消費者の動向を調査し、データを吸い上げては、最大多数に働きかけるような投げかけを行ってきます。

テレビを見る人は、つねにそういう働きかけのシャワーを浴びているのです。

最近気になるのは、異様にコマーシャルの量が増えていることです。
番組によってはものすごい頻度でコマーシャルが入ります。
たぶん、単価は安くなっているはずなので、その分詰め込んでいるのです。
また番組だかコマーシャルだかわからないタイアップも増えています。

かつては、番組に対するコマーシャルの割合はきびしく規制されていたと思うのですが、いつのまにか緩和されていたのでしょうか。

心をエネルギーとしてとらえると、テレビコマーシャルが心を消費に向かわせようと干渉してくるエネルギーも決して小さなものではないと感じられてくるはずです。


 
 











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