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 〜ナチュラルに生きる方法論序説
【男は「生理のない女」である】
【男は「生理のない女」である】


僕は女性にもっと自信を持ってもらいたいし、女性同士がもっと力強く賢く暖かくつながってほしいと思っています。

それは僕の願望というより、そうあることが自然で健康であると感じるからです。
孤立して相談できる相手がいなかったり、孤独になりたくないがゆえに派閥を作ったりするのは本当にもったいない。

女子会が流行っていますが、仲のいい女性同士が本当にリラックスして盛り上がっている姿はとてもよい熱気を感じるのです。

女性と男性は、対立しているのではなく、補いあっています。
女性が元気になれば、男性が引っ込むということはなくて、両方がより高め合うことができます。

哲学者のボーボワールは、「人は女に生まれない、女になるのだ」という有名な書き出しで始まる『第二の性』を書きました。
つまり、自分の本性を生きているのではなく、文化的な抑圧によって女としての生き方を強いられている、というのです。
フェミニズムの先駆ともいうべき作品です。
ボーボワールは、サルトルのパートナー、恋人でしたが、結婚せず、それぞれにまた別の恋人を作ったりする生き方でも先駆的でした。

『第二の性』は、つまり第一の性は男性である。女は第二の性に貶められている、という意味を含みます。

イブはアダムの肋骨から作られたとかですね。
僕は高校生のときに年長のいとこの影響で背伸びして読んだので、途中までで放り出してしまったし、覚えていないことが多いのですが印象には強く残っています。
ボーボワールは古今の文献の中で女がどう語られているかを執拗に検証していきます。

その手法があまりにまわりくどくて、なかなか「こうだ」と断言しないので、若くせっかちな僕はいやになったのだと思います。

しかし、その中で印象に残っているのは、「女は去勢された男だ」という言い回しです。
ちんちんを切られた、あるいは持っていない男、女はそのように扱われていると書いてありました(僕の記憶の中では)。

ボーボワールはあるいはちんちんがほしかったかもしれません。
最近の僕の目から見ると、そんなことが想像されます。
そう思っている女性もいるはずです。
直接聞いたことは一度しかありませんが。

しかし、男性だって女性器(ろくでなし子さんの登場に関わらずその名称は書きにくい)がほしい人はたくさんいます。
いわば対象形なのです。

凸と凹どっちが本質的で優れているかなんてこと考えても仕方ないですね。ボリューム的には字でも凹のほうがむしろありそうです。
女性にはおっぱいやお尻がありますからね。

僕が最近考えているのは、むしろ、男が「生理のない女」だということなのです。
女性は月に一度、生理を体験します。
これによって、毎月自分の身体の内なる営みを確認しているのです。

毎月一度、身体、生命、地上的、具体的なものに引き戻されるのです。
男はそれがないから、ふわふわと夢の世界、観念の世界をさまよいがちなのです。

歯止めがないから、原発を作ったり、戦争をしたりするのです。
原発が深刻な事故を起こしたのに、「原発を止めれば経済が止まる。だから原発は推進する」というのは典型的男の論理です。

子どもたちの命がなくなったら人類は滅びて経済はありません。
しかし、経済がなくなっても生命はあります。
自然の恵みを採集して食べるのは経済ではありません。
もともと金の動きは生命に必須ではないのです。
社会が経済が回らないといけないように発展してきたので、実情はもちろんあらゆる人に経済、お金が必要です。
しかし、少しずつ経済に大きく依存しないで生きようとする人々が出て来ています。

現代社会のあり方は、屋上屋を重ねるという言葉通り、どんどん制度、システム、法律を上塗りしていくだけです。
よくないとわかった組織、制度を反省し、壊して別のデザインに変えるということができないのです。

何十年も前に計画されたダムや、高速増殖炉の「もんじゅ」、リニア新幹線など、素朴に感じることができれば、バカバカしく有害であるとすぐにわかることも止めることができません。

そういう社会を止めることができるとすれば、女性の力であろうと僕は思っています。
男社会は「原子力ムラ」というように全部が連動していますから、強大です。しかし、逆に一つを止めれば全部に波及します。

そういう機運は高まっていますが、具体的に方法、出口は見つかっていません。
僕はその糸口は女性の力だと思っています。
男にはあまり期待できません。
そして、女性の力を社会につないでいくものは愛だと思って、ワークショップを始めるのです。

だからといって、これは社会運動でもないし、フェミニズムでも政治でもありません。

難しいかもしれないことを書きますが、それらのものは、「言葉の運動」になってしまうのです。
運動とは、エネルギーが動いた現れです。
つまり、本質は言葉以前のエネルギーや感覚なのです。
しかし、それを継続させよう、広げようとしたときに、言葉で定義や方針や説明をすることになります。

そうなったときに運動は早くも死にかかります。
言葉は、固定し限定するためのもので、運動ではないのです。

愛はそのようなものではありません。
つねに運動であり、エネルギー、感覚に留まります。
そして、個人をうるおし、人とつながります。

そのような愛が海のように世の中に広がったときに、世の中は動き始めます。

でも、まず一人一人が愛の波動を生きなければなりません。

【生理はバージョンアップである】

生理が重い、つらい、という人はたいへん多いと聞きます。

なんかたいへんネガティブな、女に生まれたことの重荷、税金のように感じている人が多いのではないでしょうか。

でも、実際はそれは違います。
女性の身体は月に一度リセットされるのです。
更新、バージョンアップされます。

経血は使用済みの血です。
月に一度更新されることによって、女性の心身はつねに新鮮な状態を維持しているのです。

生理を悪者にして考えるのは、たいへん逆立ちした考えなのです。
生理が重い人は、どこかで我慢したり、無理をしたりして、生命のエネルギーのめぐりが悪くなっている人が多いのです。

人の身体にはいろいろ例外がありますが、これはおおよそ言えることです。
しかし、逆は真ならずで、生理が軽い人でも心にいろいろ重荷を抱えている人はいます。

女性の身体はそれだけタフなのです。

そして、生理は軽くなります。
僕のしているシンクロームという施術で結果的に軽くなった人は何人かいます。
鎮痛剤を飲まなくて済むようになった人がいます。

僕のしていること以外にも、方法はたくさんあると思います。
苦痛に耐えるのが当たり前と思い込まないでください。
毎月イヤなつらい思いをするだけでなく、女性としての生命が輝きだしているかどうかのバロメーターなので、真剣に考えてみてください。

女性の身体は月の周期と同調しています。
その波にうまく乗れば、女性は自然の力を味方につけることができます。
若さや美しさはそこから来るのです。

いつも自然で愛の力に満ちあふれている。
それが女性の本来の姿です。

*今回はとても大事なことを書きました。
共感された方はぜひシェアしてください。

納得いかない方はぜひコメントを。

そして、今週土曜はワークショップです!

JUGEMテーマ:恋愛/結婚


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