INNER LIFESTYLE DESIGN
 〜ナチュラルに生きる方法論序説
僕の年賀状
みなさま明けましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いします。

*

少し過去と少し未来の話を書きます。

2011年はひどい年でした。
僕は原発には物心ついて以来、反対でした。
3.11の事故後、これほどの過酷事故が起きても、原発推進は揺るがないのか、と震撼しました。

当時テレビは毎日、事故の影響をあきらかに過小評価した報道を流し続けました。最初は事故ではなく事象と呼んでいたのです。

それ以上にマスコミや言論人の発言は僕を失望させました。事故直後、原発へのストレートな批判はほとんど見られませんでした。
それだけでなく、フライング気味であった『アエラ』に対しては激しいバッシングが起きました。

『アエラ』を擁護するものは誰もいませんでした。僕はその状況に対して、このブログに『不安であることの正しさについて』という一文を草し、それに続く一連の原稿で一冊の本を作りました。
http://www.amazon.co.jp/不安であることの正しさについて-村松恒平/dp/4905239044

それは日本へのお別れの歌だったのです。
僕は組織や集団に帰属するのが下手ですが、それでも日本社会にずいぶん同調していたのだと知りました。
僕と日本か癒着した部分の(精神の)皮膚がタダレ落ちていく時間が半年以上続きました。
言葉はその作業の潤滑油となり、癒してくれました。

今、思うとあれは産みの苦しみではなく、生れ落ちる苦しみであったのです。
実際は苦しみではなく、名付けようのない驚愕に全身で反応していたのです。
大量の胎盤とともに僕は生れ落ちました。
生れ落ちた場所の名は「自由」です。
まだ不十分な発育ながら、僕は日本という母胎から自由へと生れ落ちた子どもなのです。

2011年の10月に、SBAが生まれました。
これから一生、これをしていこうと決めました。
2011年はそういう年でした。
3.11がなかったらSBAもなかったでしょう。

2012年は、マヤ暦が終わるから地球も終わるという終末論が一部で盛んでした。
真に受けたわけではありませんが、いつ何が起きても不思議ではない、ということを胆に銘じる年になりました。
実際4号機が倒壊するだけで日本は破滅することができます。
メメント・モリ、死を思え、は手がかりがたくさんある時代になりました。
だから、SBAをプロとして始めました。
躊躇っている時間はなかったのです。

時代はよいほうへ進むとは限りません。
ジェットコースターだって上がれば下がるではありませんか。
バブル崩壊のときに、膨らんだものは破裂する。なんでこんな単純なことがわからなかったかな、と思いました。
そう考えれば疑いもなく、これからは膨らみきったものが縮むプロセスなのです。

それは人として大切なものを学ぶチャンスです。

2012年末の選挙結果は大いに僕を失望させました。そして、政治にはもう何も期待するまい、と決めたのです。
選挙制度には、もう同調しないと思います。
選挙制度は幻想を生む装置にすぎない、というよく言われる考えをようやく体感的に納得したのです。
同調していた分の精神エネルギーをSBAの創造に振り向けます。

2013年は、逆光の年、輝かしい空虚の年になるでしょう。
逆光で未来は見えませんけれども、空虚の中で僕らは人としての働きを取り戻そうとするでしょう。

子どもの頃、宮沢賢治が「世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない」と言ったと聞いて、子ども心にも、世界が全部幸福なんて、そんなの無理だ、と思った記憶があります。

農民芸術概論綱要
http://www.aozora.gr.jp/cards/000081/files/2386_13825.html

宮沢賢治は僕にとって「純粋すぎてイタイ人」「まぶしい人」なので、正面から読むことができません。
でも、そんな僕でもこの時代に個人に閉じた幸福を願うことは、底に穴の開いた舟で大海に船出するような気分になるのです。

何事にも自己同一化せず、自由な個人であって、なおかつ愛を失わない。
2013年はそういう姿勢で大海に漕ぎ出します。

本年もよろしくおつきあいをお願いします。
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