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 〜ナチュラルに生きる方法論序説
心を鎖国せよ (現代うつの一傾向 4)
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さて、開くか閉じるか、という話で、私が心が弱った人に参考にしていただきたいのは、鎖国制度です。

徳川時代の300年間、日本は鎖国していました。
そして、オランダ、ポルトガルとだけ交易していた。たぶん、密貿易や、例外的な交易は他にもあったと思うのですが、基本的には閉じていたわけです。

従来の歴史観では、黒船が来たときに、日本が世界に大きく遅れを取っていたのは、鎖国のせいだ、ということが言われています。
でも、じつは鎖国という状況の中で、日本の独自性や、濃やかな文化が培われたのだ、という積極的な評価もあるのです。

これを現代の状況に照らして見てみましょう。

近年はグローバル・スタンダードといって、世界を一つのマーケットにしようと、国際的なルールの整備や統一化が進んでいます。
そうすると、何が起きるかというと、「競争と均質化」が起きるのです。
そして、問屋のような流通制度や、町にある普通の商店などは(そこにも文化があったのですが)、効率、経済合理性というモノサシに合わないでどんどん滅びていっています。

この流れも微細に論じると長いのですが、もう一例だけあげます。

いま、M&Aといって、国際的な企業の買収・合併が進んでいます。二つの会社を一つにすることです。それは均質なものだからできるわけです。
しかし、実際に内実が均質かというと、社風とか、社内の文化の違いというものがあって、そういう相違がきしみを上げている場面もあると思うのです。
しかし、それでもやらざるを得ない、という国際的な競争に企業はさられさているわけです。そうしてさらに均質化が進みます。

人の内面も同様です。
オープンであればあるほど、均質化の圧力にさらされます。
たとえば、会社や学校で話題に参加しようと思ったら、人気のドラマを見ておかないとまずい、ということがあるでしょう。
そこではっきり「私は興味ない」と言える人ばかりではありません。
その結果、みんなが同じドラマを見て、恋愛観なども同じものがインプットされて均質化していくのです。

少しでも世間の平均値と違うと「私っておかしいのではないかしら?」と不安になる人がいますね。
でも、本当は均質であらねばならない、という強迫観念がいちばんおかしいのです。おかしいといっても、世の中全体にその観念が蔓延してしまっているので、それが一つの圧力になったり、正義になったりしています。

個人はもともともっとバラバラな志向を持っているのです。
もっと自由でのびのびと個性があっていいのに、それが認められない。
個人の心にとって本当にきびしい世の中になっているのです。
(個性についても、いろいろな議論があります。近いうちに書かなければいけません)

さて、鎖国です。

鎖国制度は、長崎の出島だけで交易していたのです。
閉じるところはしっかり閉じて、開くところはしっかり開いていた。
自覚的に方法論としてやっていたのです。

外の文化を消化できるだけ取り入れて、自分と同化していたと言えます。

人の心のあり方もこういうのが理想的ですね。

心が弱ってしまう人は、外のものを取り入れようとするときに、心の輪郭全体をぼやけさせてしまいます。だから、内面にいろんなものがいっぺんにドヤドヤと入り込んできて、収拾がつかなくなってしまう。

それで、今度はがちがちに防衛線を固めて一切立ち入りお断りにしてしまう。

オール・オア・ナッシング。
この行ったり来たりをずっと繰り返している人、けっこういます。

「羮に懲りて膾を吹く」という成語を知っていますか?

熱いものを食べて舌をやけどした人が、今度は冷たい酢の物までふーふー吹いている、というのです。
熱いか、冷たいかなんか見ればわかる、と人は思うでしょう。

でも、人も同じでなのです。
世の中にはたとえば、怒りっぽい人もいれば、寛容な人もいて、それによってつきあい方も変えなければいけません。
ある人にイヤなことを言われて縮こまってしまった。だから、誰とあっても縮こまっている、というのでは、「羮に懲りて膾を吹く」という言葉を古くさいと笑えないのです。

心を、誰に対して何に対してどれだけ開くか、どのようなつきあい方をするのか。
意識的であることです。
たまに立ち止まって調整しましょう。

心が弱っているようだったら、少し閉じて。
心に余裕があれば、新しい窓口を開いてみる。

オール・オア・ナッシングではなくて、そういう微調整をするだけで、元気になる人がたくさんいるはずです。

開くか閉じるか、というのは二元論。開く、閉じるの他に、閉じながら開いている、という中間領域がある。これが三元論です。
人が生きやすい場所というのは、極端ではなくて、中間的なところにあるのです。











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