INNER LIFESTYLE DESIGN
 〜ナチュラルに生きる方法論序説
浦沢直樹×手塚治虫 『PLUTO』をめぐって
またツイッター仕様で書いてしまって長くなったのでこちらに載せます。

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『PLUTO』1 子どもの頃、光文社版の鉄腕アトムを全巻持っていた。大判で帯のようなシールまでついていたのだが、一時期倉庫にしまったら、消えてしまった。

『PLUTO』2 そのことは今も痛い。たぶんある人がプレミアに目をつけて売り飛ばしたのだろうと耳打ちした人がいた。憎いが証拠もなく何もできなかった。犯人とおぼしき男性はやがて若くして癌で死んだ(毒)  

『PLUTO』3 その鉄腕アトムでも『地上最大のロボット』や『ロボイド』の巻は、最高峰だった。しかし、いちばん印象に残っている場面は違う

『PLUTO』4 スカンク草井というギャングが出て来て、アトムを「悪の因子」で誘惑する。「ロボットは悪を行えて初めて完全になるんだ。お前は不完全なロボットだ」。アトムはぐらつく

『PLUTO』5 子どもの僕には、なぜアトムがそんなことで悩むのか理解できなかった。だからこそ印象的に覚えている。原作の長崎尚志も同じところでひっかかった仲間のような気がする。

『PLUTO』6 スカンク草井のような浦沢直樹向きのキャラクターが物語に登場しないのがその情況証拠だ。スカンク草井はいわば法則神として、物語の全体の背後に溶けてしまったのだ

『PLUTO』7 『PLUTO』では、アトムはなかなか出て来ない。出て来てもすぐにめざましい働きをすることもない。それどころか中盤であっさり死んでしまう。

『PLUTO』8 アトムは60億人の精神を背負って死から蘇る。しかし、眠っている。60億人の精神を持つということは、神になることであると同時に狂気のまっただ中にいることだ。

『PLUTO』9 アトムは完全なるロボットになった。しかし、完全なるものには地上に対するモチベーションがない。だから眠り続ける。そして、ゲジヒトの体験と精神という偏りを与えられて目覚める

『PLUTO』10 アトムは60億人の精神を背負うという狂気を克服する。そして、さらに憎しみを克服したときに、最強の完全なアトムとなって光芒を放ち、人類の危機を乗り越える

『PLUTO』11 全編を通して憎しみとその連鎖という言葉は執拗に出てくるが、愛という言葉は出て来ない。憎しみは現実であって、愛は抽象名詞だ

『PLUTO』12 死と狂気と憎しみを克服するという通過儀礼を経て、ようやく鉄腕アトムは現代にヒーローとして一度だけ蘇ることができた。どこにも楽天的なものはない

『PLUTO』13 「正気な世界」が壊れて行くとき、新しいヒーローは狂気をまとっているだろう。ポピュリズムは、そのエネルギーに反応する。橋下や石原の幼稚性の垣間見えるファシズムに対する期待もそのような反応だ

『PLUTO』14 この世界を作り直すには、何かいままでの「正気」の外の原理が必要なのだ。しかし、それは容易にポピュリズムに収束されるか、排除される。どうすればいいか

『PLUTO』15 『PLUTO』は、その答ではない。しかし、この時代の一つの切実な神話なのである





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