INNER LIFESTYLE DESIGN
 〜ナチュラルに生きる方法論序説
ひろさんからのメール
 ドイツでお茶と居合を教えておられるひろさんからメールが来たので、ご紹介します。以前コメントをいただいた方です。


人の中には複数の時間が流れていて、自分自身でその流れをとめてしまうことがある、ということがよくわかるメールです。

とめてしまうのは、自分の意志でとめることもできます。

また何かに傷ついて防衛的になったまま、凍り付いてしまうこともあります。


しかし、時期がくれば、自分の意志でそれを解凍することができます。


解凍すると、それはさほど時間がかからずに自分の一部となります。

ドラゴンクエストをやったことがあるとわかりますが、パーティに一人新米が入っても、高いレベルで戦うので、すぐに同じレベルに追いつきます。

だいたいそういうことと理解すればいいでしょう(笑)。


すべて自分の意志です。

遅すぎることはありません。


私も中学のときに、絵を描くのを絵の教室の先生の心ない言葉でやめていました。

美術教育は、よい悪いの評価をしてはいけません。

評価というものは非常に主観的なものにならざるを得ないからです。

教え子のモチベーションを下げたら、何の意味もありません。


それで、今から10年くらい前から再び描き始めたのです。

うまくなる必要がないと思っているので気楽です。

うまい、というのは他人の基準、楽しいというのは自分の基準です。

楽しんで描いていると、うまくはなりませんが、何か自分の心と通じるようになります。

自分を表すこともできるし、自分を落ち着かせてくれたり、力をくれたりします。


もし、あなたの中で冷凍されたままの部分があったら、解凍してみてはいかがでしょうか。

それはあなたの力になります。


●ひろさんからのメール


村松様


コメントさせていただいた ひろ です。 (@マークが、やっと出ました)


ブログの、yumiさんからのメール を読んだ時、「私の中には、まだ思春期始まってない女の子が凍り付いているんだけどね」と思ってましたが、2月7日、11歳で書くの諦めた私だ、と気が付きました。日記帳の大学ノート破り捨てて泣きつくした後、「今世は、言葉以外のものに専心しよう。」と、立ち上がった自分を憶えています。今世って何?と自問した 自分も。


2月12日、泣きつずけていた子供が立ち上がりました、PCが立ち上がる様に。

きっかけは、45歳のドイツ人女性から「HARA」という本を見せられ、「ああ、その本、18年前、居合教えてたグループが日本語訳を見つけてプレゼントしてくれた。腹について、頭で書かれた本だからものすごく腹が立った。10年後もう一度読んで、頭人間の多いドイツ人に解り易く書かれた、いい本だ。ロングセラーになる のはもっともだ、と思った。」と返事すると、「この本の解説にも、頭で書かれた腹の本とありました。腹で書かれた腹についての本ってありますか?」と、質問された時、一瞬の間に、本一冊書けそうな思考と共に、「書く」と、一言。「えーっ、書くのかあ、一生ひっこんでると思ってたのにー」「ああ、始まってしまった、何 が終わったのだろう」などと思いつつ、「腹で受け止めてくれる読者って、子供だよね」などと、何が始まるのか、未だ見当つきませんが、45年間の病的な筆不精は、とにかく治るのかな?と、期待してます。(お喋り止めて、人の話に耳を傾け、日記書くのだろうか?)


コメント書いている間、とっくに抜け出した筈の禅騒動その他、スイスやドイツの弟子が、日本の居合競技大会に入賞すると、スポーツの方向に向いたので、日本の連盟から離れたり、麻薬中毒や持病持ちの人たちが、居合の練習のおかげで、薬の依存から離れると、医者や精神療法士が手の付けられない、変な人達が寄り集まって 、健全な人が近寄らないグループが出来たり、不快な毎日で苦しんでいた昔のドロドロが、溶けてもいってました。


ドロドロがある程度とけると、2000年6月に皆に言った事、思い出しました。

「武道の基本は、自分の中と外、同時に見ながら動くことだけど、こちらの人達は重心が高すぎて、外か内側か、どちらか一方しか見れない。外の方にしか目のない人には興味ない。私は、これから10年、自分の為に練習する人だけを相手にする。」と、段審査、級審査権を放棄し、習いに来る人に何の紙切れも渡さなくなりまし た。「猫を追うより皿を引け」のことわざを引用して。

もうすぐ、約束の10年です。習っていた人達は、前進しつずけ、教えている私自身は、立ち止まって、「もう、あんな人達、二度と、一緒に練習したくない」と、去って行った人達を裁いていたのです。彼らに、彼らなりの活路をみつけてあげ、感謝されながら、自分の方は、恨みにも似た不快感が残っていたのだから、気が付け て、本当に良かったです。


以上の三点、コメント書かせていただいたおかげです。ありがとうございました。


言葉以前のもの、思考以前のものについては、20年前ドイツとスイスで、居合とお茶を始めた頃を、懐かしく思い出しています。


1990年、居合道の全国大会のため、宿泊した禅寺の日めくりカレンダーに、「善に執われるのは善魔、悪魔より怖い」とあったのが、心に止まり、日本を離れる私への、餞別の言葉として、残りました。


善悪も正邪も関係ない!では話通じないヨーロッパですが、マイペースで生きてこれたこと、今、つくずくありがたくおもっています。


前向きになれました。

<心が大事>で、自分を取り戻せる人達が、一人でも多く増えること、願っています。 これからの展開、楽しみに、応援させていただきます。


ドイツより


●村松の返事


村松です。


お返事遅くなりました。


遠くドイツの方とこのように気軽に交歓できるのは、たいへん面白い時代です。



僕は55ですからほぼ同年代ですね。

失礼ながら、居合という言葉で男性であろうという先入観を持っていました。


異国での生活には、いろいろたいへんな体験があったことだろうと想像します。

でも、人との触れあいの中で、日本文化の本質を伝えて、ご自覚以上に大きな影響を与えているのではないでしょうか。


過去のわだかまりが、僕のブログでほどけた部分があるとすると、著者としては大きな喜びです。


腹で書く腹の本、たいへん面白そうです。

子どもが対象ということは、絵本みたいなものになるかもしれませんね。


またこのメールをブログで紹介させていただきます。

差し支えがあれば、ご一報ください。


では、今後ともご愛読よろしくお願いします。


●ひろさんからの第二信


村松様


お返事ありがとうございます。


私は、1954年 1月生まれです。


今まで、「私の精神は、10歳から12歳のあたりで、成長が止まっている」と、知人に言って、「ピーターパンみたい」と、言われてましたが、子供っぽい態度する訳でもなく、童心を失っていない程度のものでした。


一年ほど前、「ぼちぼち、大人になることにする。」と、周りの人達に言い始めていたのですが、具体的にどうすればよいのか、とにかく、自分の中の、未発達の子供たち、見守って育ててあげようかな、程度のものでした。


11歳の子供が、いきなり、50代のおばさんになったのには(というより、私の体全体になった)たまげましたが、泣くのを止めて、今とても安らいだ気分でいられるのは、幸せなことです。体もしっかりしました。


書くのを諦めた私に続いて、描くのを諦めた私も、立ち上がりました。

24歳の時、一人暮らしの私には、お茶との両立は、経済的にも、時間的にも無理、と、習っていた油絵を、やめたのでした。


16歳の時、「一生に最低一冊、絵本をかく、子供向けだけど、本当は、その隣で読んでいる母親が、子供の心の成長を妨げないような、みえない効果のある本を。」と、決めたけれど、一向にはじまりそうにないねーーと、何年も思っていたことでした。 多分、絵本ですね。


これから10年計画で、気長に見守ることにします。


10年前、居合のグループの方針として、「例をあげるなら、マクドナルドより、おばあちゃん秘伝の郷土料理のレストラン」「24時間営業の、どの町にもある、何でもござれのコンビニエンスストアではなく、遠くから足を運んで貰える、開店時間限定、数量限定の、老舗のような仕事をした い。」と言って、無理だ!食べていけないぞ、と言われてましたが、こうでなくては、生き延びること、できなかっただろうな、と思える今の現状があります。


人間って、面白いですね。


できるだけ多くの人が、オリジナリティを発揮して欲しい。それだけを言い続けています。


なにもかも、これで良かったんだ、と思えるので、私は癒されたのですね。ショボショボしてた、ついこの前までの自分が嘘みたいです。

本当に、ありがとうございました。


お話したいことは、山ほどあるし、質問もありますが、ブログでの紹介、OKです。 心理学とか、勉強してないので、今の自分と、過去の自分の状態、具体的にわかりません。(私は、禅坊主に憑依されてたのだろうか?とか・・)


今後の展開、たのしみにしています。




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このブログが更新された日、私はエゴから解放されました。 
<あんな人達>よりも問題なのは<この私>この、人を裁いてるのは、エゴの私だっ、これが、あのドロドロかき集めてたのかーーっと、メール書いた時気ついたけれど、安らぎを知らない人達の居なくなった今現在をとても幸せだと思えるので、「ありがとう、あなたのおかげで、心地よい友達や、グループができたよ。今後また、どんな人達と出遭うかわからないけれど、今、周りにいる人達とは、笑いあえる。憩いの場を確保するの、手伝ってくれてありがとう。」と朝、目がさめた時話しかけ、「あ、<この私>でなくて<あなた>といえた、解放された。」と思えました。

その後、芋ずる式に塊が解けていく一方、書きもせず、描くでもなく、ただ、ただ、感動を、体全体で味わえた今までの幸せも、次々と蘇ってきて、これからの<楽しいこと>は、今までとは違ってくるのだと、予感しています。

少しだけ<自分>の整理ができました。
自分年表、作ってみます。
from. ひろ / 2010/03/16 6:52 AM
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