INNER LIFESTYLE DESIGN
 〜ナチュラルに生きる方法論序説
我慢する人と堪忍袋
 私は人はみんなしたいことをしたほうがうまくいく、と思っています。


自分が我慢しているときは、何かがうまく行っていないと感じます。

もちろん、我慢が一切できないとか、そういう話ではありません。

ただ、

もう少しうまいやり方はないのだろうか、

もう少しいいモノの言い方はないだろうか、

もっとよくするにはどうしたらいいか、

どうしようもなければここは自分に合わない、逃げ出すべきだろうか、

と目まぐるしく物事を考えます。


それに対して、自分が我慢しているからうまく行っている、と考える人も多いでしょう。


忍耐強い人は尊敬に値します。


しかし、忍耐強くないのに我慢している人、というのは、私はたいへん警戒するし怖いのです。


その人の中で堪忍袋が風船のようにみるみる膨れ上がっていくのが目に見えるからです。

いつ破裂するか、どきどきです。


およそ、堪忍袋というのは、伸び縮みが柔軟でなければなりません。

堪忍袋は我慢を一時期貯めるだけで、どこかで小出しにする、ガス抜きする、忘れる、胃袋のように消化する、という機能と一体になっていないと、ただ貯めておいて爆発するだけの時限爆弾のようになってしまいます。


しかし、その怒りが爆発するとき、それは我慢重ねた怒りなので、本人にとって正義の怒りなのです。


そういう恐ろしい人がいました。

その人は爆発の快感に慣れてしまって、完全に脳内麻薬出してしまうのです。

だから、あきらかに爆発するために我慢と怒りを溜め込む、ということをたぶん無意識にするのです。


我慢するなら一生飲み込んで墓場まで持っていってくれれば、尊敬します。


しかし、いずれ吐き出そうと思って溜め込むくらいなら、その場で自分が我慢しなくていい解決を話し合って求めるべきだと思うのです。そういうことをしないで腹にいろいろ溜め込んでいる人は、顔を見るとわかります。

私はなるべく近づかないようにしています。

フリーだからできるのですけれどもね。職場や仕事先にいる人はたいへんだと思います。


そういう人がまた「我慢する人」になると、だんだん世の中に我慢が蔓延するわけです。

ほら、そう考えると、みんながしたいことをしないとダメでしょう?


一時期、「すぐにキレる若者」が注目を集めましたけれども、彼らもキレるときには、我慢してたまりにたまったものを爆発させていたように思います。

ただ、その我慢が人には通じない種類のものだったのです。自分勝手で狭量で頭が悪く、性格が歪んでいるところからイライラがたまりやすいので、小さくてすぐに破裂する堪忍袋がみるみる膨れ上がって行くのです。

結局、理解力も表現力もないから、自分が我慢していると思っているのです。


悪口書きましたが、ここに書こうと思ったのは、ダメな人をクサす目的ではないのです。


私とあなたのこと。


したいことをするということ。


それが大事です。



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