INNER LIFESTYLE DESIGN
 〜ナチュラルに生きる方法論序説
したいことをすべし
 したいことをすべし。


これを小学校では教えませんね。


まず教えることは「人に迷惑をかけるな」「授業中は話をするな」という禁止から入ります。


「する」ほうから教えないで、「しない」ほうから教える。


教室という四角い箱の中で、いろいろな性格の子どもたちを教えていれば、そうなるのもわかります。

たとえば、大草原の青空の下で教えたら、きっと違う教え方を考えるでしょう。


しかし、教室でも、カリキュラムを作り直し、工夫をすれば「する」ほうから教えることはできると思います。


それをどうするか、という具体的な議論は教育学のほうでやっていただかなくてはいけませんが、とにかく「する」ほうから教えないと日本人の精神の土壌は変わりません。


日本人の精神の土壌が悪いというわけではありません。

しかし、社会がどんどん欧米化、アメリカ化しているからズレているのです。

ナイフやフォークで納豆や焼き魚を食べているような具合です。

最もこの現象は今に始まったことではなく、日本の知識人という人たちは、何十年も前から、必ず似たようなことを嘆いていたように思います。

それでも日本のメンタリティやシステムは少しずつしか変わりません。

日本文化と西洋文化が共生するようなシステムのデザインをもう少し積極的に考えることは有益だと思います。


「したいことをすべし」に話を戻します。

したいことをしなさい、というと「したいことをしていいなら人を殴ってもいいのか」とか、「泥棒をしてもいいのか」「痴漢をしてもいいのか」というようなことを聞き返されることを覚悟しないとけません。

そういう反問が浮かぶ人が必ず何パーセントかいるのです。


「村松がしたいことをしろと言ったから人を殴った」と言われたらかないませんから、きちんと手当しなければいけません。


論を進めるのに、そんなことは論外である、自分で考えなさい、と放り出したいのですが、よくよく考えてみると、ここにもちょっと面白さがあります。

哲学とか心理とかは、そんなことは当たり前だと放り出してはいけないのです。

当たり前のことを疑っていったときに、意外な真実が浮かび上がってくることがあります。


人を殴るとか、泥棒をするというのは、法律違反です。

したいことをしなさい、と言われてすぐにルール違反を考えるというのは、つまり、私たちの中には、「したいことをする」=「ルールを破る」こと、という考えが多かれ少なかれあるわけです。


しかし、もちろんしたいことをすることとルールを破ることは直接関係ありません。

私は将棋や碁や麻雀が好きですが、このようなゲームにも厳密なルールがあります。

しかし、そのゲームの中では、自分の考えやセンスでさまざまな選択をすることができます。

棋風という言葉があるように、プロになったからといって正解は一つではありません。

そこが面白さです。


私たちは人生の中でさまざまなゲームを選び、思い思いにゲームをします(人生がゲームだとしての話ですが)。ルールもあり、マナーもありますが、なるべく伸び伸びとプレイをして上手になり、自分らしく勝てるようになりたいものです。

誰かに教えてもらうのは最初だけでいいのです。

後ろで見ている人にあれこれ言われたら嫌になってしまうでしょう。


つまり、したいことをしなさい、と言われたときに、すぐにルール違反のことを考えてしまうのは、ゲームの中で自分を表現する可能性を十分に感じていないのです。

だから、したいことをしなさい、自由にしなさいというと、ゲームの中で工夫するのではなくて、ゲーム盤をひっくり返してしまうようなことしか考えつかないのです。


そういう頭や心のあり方は、最初に書いた


>「する」ほうから教えないで、「しない」ほうから教える。


という教育のあり方が影響しているのです。

何かしたいと思ったときに、どういうやり方でやるかより先に、何が禁止されているか、ということが気になってしまうのです。


考えてみると、じつは、このこと自体は少しも日本的ではありません。日本の伝統は「する」文化だと思います。

「西洋化した日本の教育システム」が「しないで考え込む日本人」を生んだような気がします。

それはわけて考えないといけません。

しかし、そのことはまた大テーマなので置きまして。


人には二通りのタイプがいます。


「みんながしたいことをすれば世の中うまくいく」と考える人と、「みんながしたいことをしたら世の中大混乱してしまう」、と考える人です。


あなたはどちらのタイプですか?




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自分・自由・自然 / comments(2) / trackbacks(0)
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教育関係のCMでもありますね。

日本のテストは
3+2=□
4+5=□
だけれども、
たとえばイギリスでは
□+□=5
□+□=9
という具合だと。

でも、上の日本式テスト問題も、江戸時代の寺子屋などで出されていたわけではないのでしょうね。

明治以降に、西洋式にしようとして、逆に自由度の低い形で定着してしまったのでしょうか。
from. MT / 2010/02/01 10:27 AM
>ナイフやフォークで納豆や焼き魚を食べているような具合です。

この比喩に感動しました!
from. Mr.Spice / 2010/01/31 8:23 PM
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