INNER LIFESTYLE DESIGN
 〜ナチュラルに生きる方法論序説
yumiさんからのメール(前編)

1月6日付けの記事で対人恐怖症のことでコメントをいただいたyumiさんから、メールをいただいていました。

遅くなりましたが、そのお返事を書きました。


心のあり方について、一つの新しい概念を書いています。


読者の方はメールを読んで、自分ならどう答えるだろうと立ち止まって考えてみてください。心について深く考えるきっかけになるだろうと思います。


かなりの長文ですが、相談的な内容ですので、一気に載せます。

(と思ったら、長過ぎて載らないようなので、前編と後編にわけます)


■yumiさんからのメール■


村松様、はじめまして。

 

「心が大事」に、

対人恐怖症に関しての見解をお聞かせ願いたいとコメントさせて頂いた者です。

 

この度は、リクエストに答えてくださり、ありがとうございました。

 

私のことは、ここでは仮に、yumiと名乗らせてください。

  

 

リクエストしておけば、

いつか対人恐怖症に関する話題も取り上げてもらえるだろうという心持ちでしたので、

まさか、直接メールを差し上げることになるとは思ってもみませんでした。

 

正直、コメントを頂いたときには、覚悟ができていなかったので、混乱していました。

自分のことを書くのは恥ずかしいですし。そう、恥ずかしいのです。

かといって、今更、引っ込みもつきません。

 

旅の恥はかき捨てとも言いますし、

私の“対人恐怖症“のリハビリにもなるかと思い、

こうして、メールを送らせてもらっている次第です。

 


 

私は、現在大学4回生ですが、

22歳にして思春期すら脱しておりません。

 

自分の人生を、自分で決断するという精神が希薄で、

アルバイトもせずに、親の仕送りだけでのうのうと生きています。

 

就職活動すらしていません。

 

小学校で、2年間近くの不登校を経験し、

中学校、高等学校と、少しも馴染めなかったことから、

自分の潜在的な問題には気づいてはいましたが、

今まで本気で人生と向き合わなくても、

なんとか誤魔化せていけたので、ずっと目を背け続けてきました。

 

 

私の”対人恐怖症“ですが、

ちゃんと診断をしてもらったわけではありません。

 

ですが、気の利いたカウンセラーなら、社会不安障害とか、

回避性パーソナリティ障害などと言ってくれると思います。

 

カウンセラーのブログや、対人恐怖症の本などを読む限り、

こういった用語は、どなたも割と適当に使っておられるようなので。

 

要するに、

他人の評価にさらされる場面に身を置かれることを極度に恐れる(≒社会不安障害)

重症になるとそういった場面を徹底的に避けるようになる(≒回避性パーソナリティ障害)

ということのようです。

 

 

私の場合、今現在、

回避が進行しているようです。

 

 

大学1回生の頃は、

『大学で人生を変えてやる!!』

くらいの意気込みでしたから、

そりゃ、無理してでも友達を作りました。

 

そりゃあ、もう、片方の手だけでは数えられないくらいです^^;

 

さすがに、自分からアプローチするというのは、

ハードルが高すぎでしたが、友達は本気で作ろうと思っていれば、

自然にできるものだと知りました。

 

引き攣った顔で、

どこの国の物とも知れない言語をたくさんしゃべりました。

(自分が年上のお兄ちゃんに話しかけている小学生みたいで本当に情けなくなりました)

 

誘われて、社会科学を研究するとかいう、

怪しげなサークルにも入会しました。

 

友達の趣味に付き合って、

萌えグッズとか、沢山販売されている店にもいきました。

 

正直、あまり、気乗りはしませんでしたが、

友達に付き合って、大学教員に、弁護士になる方法とか、聞きに行ったりもしました。

 

どうして、この人は、

大学教員に対して、こうも臆せず物を尋ねられるのだろうと、心から、尊敬したものです。

 

 

みんないい人だったと思います。

 

しかし、関係が長引いていくにつれ、だんだんと、

自分ひとりが“対人恐怖症”であるという事実に引け目を感じ始め、

意識的にか、無意識的にか、徐々に距離を置き始めるようになりました。

 

同時に、

「私は対人恐怖症なんだから、社会不適合者なんだから、

人とまともに付き合うことなんてできないんだ。」

「みんなも、どこか私のことを馬鹿にしているに違いない。」

などと、思い込むようになり始めました。

 

 

ここからは、悪循環です。

 

人との関係を長期にわたって遠ざけていると、

徐々に、自分の社会不適合感が強化されていき、

その裏返しとして、なにやら、プライドっぽい物まで芽生えてきます。

 

もう、アルバイトも何もできません。

(アルバイトなんて、元からしていませんでしたが)

 

 

『これでは、あまりにダメ過ぎるだろう!!』

 

デールカーネギーの名著「道は開ける」でしたでしょうか?

それとも、中村天風の「成功の実現」でしたでしょうか?

あるいは、新興宗教の経典だったかもしれません。

 

まあ、何かの名言に刺激されたのでしょう。

 

突如、そう思い立ったのが、

大学4回生になったばかりのことで、

たった3度ですが、アルバイトに挑戦しました。

 

 

1度目は塾の講師。

 

マイナー過ぎる個人塾です。大学の求人システムから探しました。

 

中学、高校の時に、個人塾に通っていて、

とてもいい思い出がありましたから。

 

(先生が、とても、生き生きした魅力的な方でした。

 塾講師としては、ある意味破綻していたかもしれませんが、

 成績とか、進路とか、あんまり深刻に考えていない人でした。

 学校では、馬鹿と、お利口さんでは、露骨に序列がつくので、

 ある意味、癒しの空間になっていたと思います)

 

まあ、とにかく、これから頑張るぞ!

ということで、アパートの一室に向かうのですが、

自宅アパートを出るだけでもガクブルです。

 

いえ、普通に外出するのは何ともないのですが、

何分、壮大なチャレンジへの前途ですので、武者震いでもしていたのでしょう。

 

まあ、目的地に着くころには心臓がバクバクになっていましたよ。

 

インターホン、鳴らせませんでしたからね。最後まで。

 

結局、塾生と思しき女の子が代わりに押してくれました。

 

 

面接では、自分があたかも、

これから裁かれる罪人であるかのように感じました、、、、。

 

すみません、ちょと、美化しました。

 

より、正確には、

悪戯をして、これから怒られる子供?

 

自分の感覚にしっくりくるような形で、言語化できません。

 

とにかく、

「怒られる」「非難される」「相手は気分を害している」

という思考が自分の中に渦巻いて統制が取れなくなるのです。

 

もう、こうなったら、

自分のことしか考えていない状態です。

 

相手とコミュニケーションなんて、成立しようがありません。

 

 

塾長さんは、大人の気配りとして、私にこう言ってくれました。

「人手が足りなくなったら、お手伝いをお願いします」

「その時は、こちらからお電話します」

 

残念だという気持ちはほとんど感じませんでした。

ただ、やっと苦しみから解放されたと思うだけでした。

 

 

まあ、こんなところです。

 

2度目は、、、、

3度目は、、、、

などと繰り返しても、

退屈なだけでしょう、後は推して知るべしです。

 

 

そして、今に至ります。

 

回避性パーソナリティ障害です。逃げです。

 

気づくと、アルバイト情報や、就職情報など、少しも収集しておりません。

(元々、ですが)

 

机の上を見ていても、

「マーケットの魔術師」「松下誠の投資DVD12枚セット」

そんな本が置いてある始末です。

 

ネットサーフィンをしていても、

アフィリエイトなどの情報を割りと精力的に集めていたりします。

 

アニメに没頭して時を忘れていることも多いです。

 

あるいは単に、ダラダラしていることもあります。

 

 

だいたい、

以上のようなことが、

私の抱えている“対人恐怖症”にみられる具体的な現象です。

 

 

書いていて、少し、ストレス発散しました。

実際、こんなことをストレートに言えそうな相手というのはとても少ないのです。

自称カウンセラーにこんな話をして何になるというのでしょうか?

おそらく、独り言を呟く以上に無益なことだと思います。

書いている途中で、絶対に、虚しくなって、止めると思います。

 

最後までお付き合いくださり、ありがとうございました。



(お返事は後編につづく)

読者から / - / trackbacks(0)
Comment








from. /
Trackback
この記事のトラックバックURL: http://kokorogadaiji.jugem.jp/trackback/154