INNER LIFESTYLE DESIGN
 〜ナチュラルに生きる方法論序説
具体的な対処法
 

では、対処法をざっと見て行きましょう。


1は、「お前が悪い」という言葉のレベルでの対立
2は、それが過去の発散できなかった怒りや悲しみとして、恨みとして定着すること。
3は、パブロフの犬の反射のように、怒りや自虐の感情に伴う脳内麻薬に中毒してしまうこと

1は、とりあえず言葉をやり過ごせばいいのです。
いつもなら自分が反応するところで反応しない。いつもなら、茶の間で論争になるところを個室に引き取ってしまう、などです。

とにかく、相手の言葉の攻撃に空を打たせ、トゲに反応しないことを続けなければいけません。その歯車が噛み合わなければ、相手の調子も変わってくるはずです。
ただし、すぐではありません。数ヶ月、ときには数年かかります。
今までであれば、そこで「あのときもこんなひどいことを言った」と自分も2と連動してしまったでしょう。しかし、それと結びつけない新しい習慣をつけないといけません。

2は、時間とともに蓄積したものなので、凝り固まったものを解凍するのにもそれなりに時間がかかります。たとえば、親と別居していたり、死別していたりしても、恨みというものは残っています。
いちばん大切なことは、そういう恨みがあるということを認めることです。

多くの人は、恨みを抑圧し、否定しています。

幽霊が「恨めしや〜」と出てくると、人は怖れる、逃げる、戦って殺そうとする(刀で斬りかかるとか)、など忌まわしいものを見たときの反応をします。
そうすると、幽霊はどこに逃げても追いかけてきて、逃げた人を取り殺してしまうでしょう。

あれが、恨みの姿です。
幽霊が出て来たら、そこでどっかと腹を据えて座り、「そうかそうか、お前もいろいろ言いたいことがあるんだな」と言って全部聞いてやることです。
恨みとは、「誰も聞いてくれない言葉」のエネルギーなのです。
それを聞いてやれば、恨みは次第にエネルギーを失います。

たまたま何かで恨みが爆発したとき、それは幽界から顕界に恨みのエネルギーが放出されたときです。
そのときに、その現象を否定しない、ということがいちばん大切なのです。
否定しないで、「ああ、お前(自分ですが)はこれが言いたかったんだ」と、ただ観察すればいいのです。
げっぷやおならと同じです。出てしまったものは仕方ない。
おならを自分の中に戻そうとは誰も思わないでしょう。

ところが、たいていの人は、恨みが爆発したあと、後悔し、自己否定をし、自己嫌悪に陥るのです。
せっかく「誰も聞いてくれない言葉」が出てきたのに、またそれを否定するのです。そうすると、「誰も聞いてくれない言葉」のほうは、またも聞いてもらえなかったので、再び幽界に戻ってより強いエネルギーを持つようになります。

恨みを爆発させたあと、どうもあの狂ったような姿は自分ではない。
自分は本当はきれいで、恨みは汚い。汚いものは自分ではない、といって差別しているのです。
しかし、恨みは自分の一部が変化してできたデキモノのようなものです。恨みも自分の中にある「誰も聞いてくれない言葉」を吐き出して元の自分と一体化したがっているのです。
「誰も聞いてくれない言葉」が暴れて仕方ないから、それを包み込むことでデキモノになっているのです。

それを聞いてあげなければかわいそうなのです。

3もきちんと自覚して、自分の中のパブロフの犬にしばらくエサをやらなければ縮んで行きます。

もともと強烈な苦痛とバーターで少々の快感を得るものなので、1,2と連動しなければ、力を失っていきます。





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