INNER LIFESTYLE DESIGN
 〜ナチュラルに生きる方法論序説
最近びっくりした話 3
 
私が困ったような、不愉快なような顔をしていると、彼女は正確な言葉は覚えていませんが、「私に対して何かわだかまりがありますか?」というようなことを余裕を見せて聞いてきました。

私が何かにこだわっていて、彼女は自由である、という対比に持ち込もうとしているように感じました。

それはたしかに存在が不快なのですけど。

セールスで押し掛けてきたほうが自由闊達にしているというのは、困ったものです。


こういう場合、論破してやろうとか、敵意を感じたりするとますますこだわったことになって術中にはまってしまうのです。

それは相手が習熟しているゲームです。

それからは逸脱しないといけません。

スポーツでもルール、レギュレーションを変えると、ある選手にとって有利になったり不利になったりします。

それと同じで、相手のペースにはさせたくないのです。

別に勝ち負けではありませんが、こちらが嫌な気持ちになって、向こうだけいい気持ちで帰られるのは癪なので、用心して話しました。

「いや、メールのやりとりでこういう話だとは思っていなかったので、どうしたものかと困っているんだ」と正直なことを言いました。

私には彼女を論破してやろうとか、改心させてやろうとかいう意志はありません。

ただ、いろいろつついて観察しようというやや意地悪な気持ちなのですから、自由性が高いのです。


てっとり早く「教義」を知りたいと思い、彼女の持ってきた本をぱらぱらとめくりますが、ごちゃごちゃといろいろ書いてあって、一目では容易に読み取れないようになっています。

そのうちの一冊は、何やら質問に答えていくスタイルのテキストになっています。

自己診断テストや占いのようなものは、いまたいへん人気がありますね。

みんな自分が誰だか知りたくて仕方がないようです。

自分で自分が誰だかわからないからでしょう。

私もヒマだったら設問に答えてしまうかもしれません。


3つの点を感じました。


*そういう「自分を知りたい」人々の興味をそそる入り口であること。


*厚い本で、それなりの量の設問に答えるようになっているので、この入り口を入ってしまうと、それなりのエネルギーを投資することになります。そうなると、さらに奥まで知ってみたい、ということになるでしょう。そして、設問に答えれば、さまざまな勧誘の手がかりを相手に与えることになります。


*そして、私のような批判的な野次馬には簡単に内奥がわからないようにしてあることです。


私はこのように記述や会話で進めていくセミナーかと思いましたが、彼女は後に「体験を通じて学ぶ」といいました。

このテキストは入り口にすぎないようです。

それは、何かの反論として言ったのです。セミナーの内容については、全く言及されず、手がかりはありませんでした。しかし、まあいわゆる自己開発セミナーの一種でしょう。


全く知らない読者がいるといけません。

自己開発セミナーについて書いておきましょう。


手元に『人格改造』(JICCブックレット)という冊子があります。これは、某セミナーの受講者が、内容は一切もらさないという約束を破って、体験内容を克明に全部書いてしまったという貴重で興味深い冊子です。

1990年の出版物ですから、たぶん日本でこの種のセミナーが最も隆盛であったのは、1980年代後半くらいなのかもしれません。

セミナーでは何をするかというと、まず参加者が一つの閉じられた場所に集められて、さまざまな心理的ゲームをするのです。それ自体はなかなか興味深く、よくできています。

私たちもふだん人付き合いをしていますが、それを知らない他人同士が、一つのゲームとして、純粋にかなり踏み込んだ形でやっていくのです。そうすると、私たちの生きる日常よりも、自分は誰だろう?ということに関する興味深い事柄がある部分浮かび上がっていくのです。

そして、さまざまなゲームを通して既成概念を壊していくわけですが、最終的には参加者の人格まで否定してしまうというのがキモです。

一人の参加者の周りに人が集まって、その人の欠点を言い立てる、というようなことが後半部分に仕込まれているのです。

「お高くとまっている」とか、「人と目を合わさない」「壁を感じる」というようなことを取り囲まれて口々に言われるわけです。

ふだんの生活であれば、いくらでも逃げ場がありますが、閉鎖された環境の中でゲームとしてやっているから逃げ場がないのです。いちばん聞きたくないことを逃げ場のないところで30分も一時間もさんざんに言われてボロボロになるわけです。

これをされてしまえば、後は何も怖くない。これをされると、ある意味ではこだわりというものが破壊されてなくなるわけです。


そうして壊したところに、今度は周囲がその人を受容するゲームがあります。

さんざんに壊されて、ぽろぽろに泣いているところを今度は抱きとめられて、新しく生まれ変わるわけです。

そして、仲間たちも新しく生まれ変わった彼、彼女を泣きながらいたわり、祝福し、強い仲間意識と感動が生まれるわけです。

そうしながら、処世の単純明快な概念をインプットするのです。


この壊して、また受け入れるという過程で、心の中にものすごいドラマがうまれるわけです。

一種の通過儀礼とも言えるし、実際に生まれ変わったような感動はあるのでしょう。

そして、最後のゲームのミッションは新しい参加者を連れてくることです。

こだわりがなくなった彼(彼女)には、人を勧誘することにも少しもためらいや疑いがないのです。

そうして、参加者がまた参加者を連れてくるという形で、一時期密かに流行ったのです。

宗教の布教に似ています。


ひょっとしたら、今もそういうものが形を変えて脈々と流行っているかもしれませんね。


人の命や、健康、人生、幸福というものは、価値を測ろうとすれば無限大の価値ということになるでしょう。

命を失ったら、何億円もらっても意味がありません。

そういうものだから、それまで心が重かったものが生まれ変わったようになって、積極的な人生を生きられれば、その価値はお金では測れません。


……という理屈で、参加費が何十万にもなるわけです。


反感を持つ人は、「えー、洗脳じゃないのー?」と思うでしょう。

しかし、それで、参加者が満足であれば、ことさら外から非難しても仕方ないことです。

しかし、自分の近しい人がやろうと思っていたら私は止めるでしょうね。

もっと日常の中で学べることだし、こういう人たちの解放はある限られたゲームの中で成立したことです。

本人は解放されたと思っていても、ゲームの中の世界でしか通じないトリックかもしれません。


……というわけで、自己開発セミナーと彼女のソレを同列に語ってしまいましたが、どのような差異があるかは、中身が明かされない以上わからないのです。

しかし、基本は同じではないかと私は推測しているわけです。


バリエーションでいえば、かつてサラリーマン向けに「地獄の特訓」というメソッドもありました。これは、ニセの地図を渡して山を歩かせたりするという強烈なものです。遭難死するほどの山ではなくハイキングコース程度のものでしょうが、一人で地図を頼りに歩いていくと完全に道に迷ってしまうというものです。わざとパニックに陥らせて壊す、という意味では同じです。

もっとも、この特訓はダメ社員を辞めさせるために使われていたとも言われます。

乗り越えればそれもよし、嫌になって逃げ出せば自動的にクビというわけです。

(検索すると今も地獄の特訓、いろいろありますね)。


とにかく体験もののセミナーに行ったら一回壊されると思っていたほうがいいのです。


……そういうわけで、目の前の彼女はこだわりを捨てて生まれ変わった自分に自信を持っています。

ソレによって救われたし、もう転生しなくていいレベルまで来た、という意味のことをちらりと言いました。

解説しますと、この場合、転生するというのは、まだこの地上で修行することがある、ということです。

つまり、転生しないというのは、解脱した、悟った、と翻訳していいようなことを言ったのです。

本人がそういう以上、否定はしませんけどね。


それで、ちと私の意見を話してみました。


(またもつづく)





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↑相変わらず不調。ブラウザ変わったせいかな?

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宗教とスピリチュアリズム / comments(4) / trackbacks(0)
Comment








シンさん

たぶん、同文を同時ポストされているのでしょう?
まず私のブログを読んでくださいね。
from. 村松恒平 / 2010/01/14 12:07 PM
こんにちは。「自分探しのブログ 禁パチ禁スロ鬱病日記」のシンと申します。私は4年近く鬱病と境界性人格障害とパチンコ依存症と闘病中です。病気になって気付いたのは似た境遇の方との繋がりが大事という事です。もし宜しければ相互リンクして頂けませんでしょうか?開始間もない弱小ブログのくせにこのような事を申し上げてしまいすみません。良かったらご検討頂ければ幸いです。

http://blog.livedoor.jp/dreamcatchshin-zibunsagashi/

時間がある時で構いませんので返信お待ち致しております。

応援ポチして帰ります。

失礼致します。

シン
from. シン / 2010/01/14 11:15 AM

時間がある時で構いませんので返信お待ち致しております。

応援ポチして帰ります。

失礼致します。

シン" data-count="none" data-lang="ja">Tweet
 こういう組織の2世というのか、学生の中でもそういう活動をしている人はいますね。あんまり自信たっぷりなので、おいそれとツッコミが挟めなかったのを覚えています。
 僕のほうは遠慮しておくよ、と断りましたが、えらく充実していそうな彼の表情に、一瞬劣等感を感じた記憶があります。

 なんというか、自己啓発セミナーも、こういう宗教まがいのサークルも、視野を狭めることによる集中力の上昇で、効果をあげているんでしょうかね。
 でも、ああいうのは横で見ているほど、本人楽じゃないし、(無意識にかかる)リスクも大きいだろうな、と思います。
 長くは続けられない。

 このブログを半年読んできましたが、そういう短期的な熱狂に対する違和感のアンテナが、ようやく立ったように思います。
from. 海巳 / 2010/01/13 6:43 PM
ぐっ、また続きが気になる良いところで!

ちなみに僕、地獄の特訓も自己啓発セミナーも体験済みです(^_^;
from. Mr.Spice / 2010/01/13 2:03 PM
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