INNER LIFESTYLE DESIGN
 〜ナチュラルに生きる方法論序説
ジャニーズ系学問の話

習い事をするなら、カルチャーセンターやスポーツクラブではなく、個人の先生が教えているところがいいのです。

カルチャーセンターでは、先生がいくらいいい先生で、熱心でも「マスを埋める」という感覚がつきまといます。
センターの都合で、カリキュラムや先生が替わってしまうこともあります。
また生徒もどんどん移り変わり、継続する生徒と、ビギナーとの差を柔軟に吸収できないこともあります。

先生から見ても、カルチャーセンターに来る生徒と、自分のところに来る生徒、どちらが大切な生徒か考えてみればわかるでしょう。
先生が意図的に差別するしないに関わらず、つきあいの濃密さは変わって来ます。

カルチャーセンターは一種のお味見、カタログとしてみるへきです。尊敬できそうな先生がいたら、私塾というか、その先生が主宰している場所に行ってみることです。

カルチャーセンターでは、表舞台しか見えませんが、私塾は深入りしててくと、楽屋裏まである程度見せてもらえることがあります。
できた先生は一挙手一投足まで見ていて勉強になります。

カルチャーセンターはいわば切り身のお魚です。
しかし、私塾では丸一匹を捌くところまで見られます。
アラの部分まで捨てるところがありません。

*

本日は師と弟子にちなんで、ちょっとした与太話をしましょう。

今から30年も前、私のいた月刊『宝島』編集部は『どるめん』という民俗学と考古学の雑誌の編集部と同居していました。
編集部といっても、季刊なので編集長一人です。編集長のTさんは、郵送で学者の原稿を集め、いつも地道に校正の仕事をして、センブリを飲んでいました。
このTさんがときどき妙なことを言い出すのです。

「考古学は面白いけど、民俗学はつまんねえ」
「縄文はいいけど、弥生はダメだ」
というようなことを単調な作業の合間に叫ぶのです。本当はマルクスと神秘主義の関係とか、もっというにはばかるような過激発言もあるのですが、それはやめておきます。

そのTさんがある日、
「折口信夫っているだろ? あれは本当はのぶおっていうんだけれども、コレモン(オカマのポーズ)だから、弟子にしのぶちゃんと呼ばせていたんだ」
と言い出したのです。

「弟子にも見どころのあるヤツは、『お前ちょっと来い』と寝室に呼んで、そのときに折口は黒いふんどしを穿いているんだ。それで寝室でかわいがった弟子だけに秘儀を伝授したのだ」

これは学問のジャニーズ事務所ですね。

折口信夫といえば、柳田國男と並ぶ民俗学の神様みたいなものですから、若い私たちとしては、Tさんのいつものホラ話として話半分に聞いていたのです。
それ以降も全面的に信じたわけではないけれども、記憶にはよく残っていました。

この文を書こうとしてwikiを読んで、折口が男色家だったのは事実であったと確認しました。

日本的な習い事は、「この先は曰く言い難し」「この先は口伝」というものが多いのです。
それだけ知識は大事に秘密にするものでもあったし、最後には人格の交流を通じて伝わるものでもあった。

そういう例として挙げるには、折口信夫はじつに不適切ですね!
だから、与太話なのですけど。

でも、この年末に書きたかったのです!

学問といっても四角四面なだけでなくて、その根源においてはじつに泥臭い、人臭い顔をしておるのです!

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