INNER LIFESTYLE DESIGN
 〜ナチュラルに生きる方法論序説
自分のはじまり
 人というのは、いちばん未熟なまま生まれる哺乳類らしいです。

他の動物の子どもは、生まれてすぐに自立できたり、すぐにではなくても、比較的早めに親からの自立を果たします。遅くとも数ヶ月でしょう。

人の子どもほど、生まれたときに無力なものはありません。
3歳や5歳の子どもでも、自然環境の中に置いたら、たぶん死んでしまいます。

こういうことを指して、岸田秀氏は「人間は本能が壊れた動物」と言っていたと思います。
動物にはそんな呑気な設計はありません。
外敵に喰われてしまいます。
10年以上も親の庇護から離れられないというのは、すでに人は自然そのものから、はぐれてしまっているのです。

「人は社会的動物だ」と言われるのも、その無力さによるものでしょう。

人は赤ん坊の間、たいへん弱い状態にあるわけですが、この間に、不快によって自他の区別をつけていくのです。自分自身の輪郭をこのときにしていくのです。
この期間を、もし快適な母胎の中にいるならば、自意識はまどろんだままで、自分自身というものを形成することができません。

お腹が空いたときおっぱいがない、それが不快で、赤ん坊はぎゃあと泣きます。それでお乳を与えられるということを繰り返すうちに、母親の存在を自分の外の存在として知覚するようになるのです。

動物はその自己意識を発達させる期間を持たないので自立が早いのです。
だから、動物は自他の境目がなく自然と一体なのです。

人の悩みは自分という意識があることから生じますが、人の大いなる可能性も自分という意識が生まれるところから始まります。

オレは動物のほうがよかった、てなことは言わないで、人に生まれなければできなかったこと(たくさんあります)を楽しみましょう。


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自分・自由・自然 / comments(1) / trackbacks(0)
Comment








 再び根本的なところから始まりましたね。
 以前「早期教育をしたい。どうすれば効果的か」という母親に、テレビで生物学者が答えていたのを思い出しました。「そういうのはいいから、笑いのある家庭を作って幸せを教えてあげてください」みたいな回答に「おお」と思ったのを覚えています。

 意識ができたばかりの自分のことって、頑張ってもなかなか思い出せません。くるくる回転するおもちゃを目で追うのが好きだったのは覚えているのですが、あれが始まりだったのかなぁ。
from. 海巳 / 2009/11/30 3:38 PM
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