INNER LIFESTYLE DESIGN
 〜ナチュラルに生きる方法論序説
占いと占い依存(4) 意識と無意識15
 気学のことを書きましたが、占いというのは、最終的に「南に行け」と言われたら、自分が北に行きたくても南に行くしかなくなるものなのです。

なぜなら、「南に行け」と占いに出ているのに北に行ったら、何か悪いことが起きそうな気がするでしょう?
そういうのを「気がかり」というわけですが、こういう気がかりがあると、それが原因でうまく行かないことがあります。

それは、最高峰のスポーツ選手を見ればわかります。
最高の努力をして、これ以上ない、目の前の試合のこと以外は何も心にも頭にもない、という状態にしないと必ず負けます。
そして、勝つというイメージトレーニングをするでしょう。

それ以外に気がかりがある選手は負けます。

もし占いの結果に従わないとすると、わざわざ気がかりを作り出していることになります。
スポーツ選手のようにはっきりとした形には表れませんが、私たちの日常生活においても気がかりは、心のエネルギーを分裂させ、奪います。
ただ、私たちの精神生活が雑然としているので目立たないだけでダメージは大きいのです。
(何か郵便物を出さなければいけないとか、振り込みをしないといけないとか、そういう気がかりもありますね。そういう小さな用事は早く片付けてしまったほうがいいのです。グズグズとルーズにしていると、ときどき思い出して、大きな悩みに近いくらいエネルギーを奪います)

つまり占ってもらったのに、それに従わないというのが作戦の分裂なのです。

そもそも、占いというのは、自分の判断や感覚を放棄して、超越的な法則、超越的な意志に行く先を委ねるということですから、それ自体が危険なのです。
私はこの「心が大事」で、自由ということを心の第一義においています。
自分の理由で生きている、ということです。
しかし、占いに従うというのは、自分の理由を放棄するということです。

その目的は何でしょう?

恋愛の成就や金銭的な成功などなどでしょう。
それは自由の価値より劣りますが、とりあえず、自由を放棄してまでそういうものが手に入れたいときがあるとしましょう。

だったら、とことん占いを試してみればいいのです。
自分の人生を賭けるほど、信ずるに足る占いがあるかどうか。
3か月なり、半年なり、占いに従って暮らしてみれば、求めていたものが手に入るかどうかわかります。

しかし、占いの世界に巻き込まれた人は、そういう批判的な検討をくわえる能力も次第に麻痺してきます。
自分というものを投げ出してしまったので、占いが当たっているかどうかも、立ち止まって評価できなくなります。

その結果どうなるかというと、占いの結果が気に入らないと別の占い師に移るのです。
今は、電話占いやネット占いが盛んなようですが、同時期に複数の占い師に次々に電話するようになると重症です。

Aという占い師とBという占い師が、全く正反対のことを言ったとしますと、どちらかが間違っている、あるいは両方が間違っている、ということになります。
普通の神経であれば、どちらがより信憑性があるか、検討するでしょう。
しかし、占い依存にかかってしまった人は、今度はCという占い師にお伺いを立てるのです。

自由意志を手放した結果、自分というものの輪郭がぶよぶよになってしまって、誰かに何かを言ってもらわないと、不安で仕方ないのです。
だから、際限なく電話をかけまくるのです。
そのようにして、自分の方向感覚も位置感覚も見失ってしまうのが、占い依存の泥沼です。

電話占いは1分200円くらいするものもあるようですから、1時間近く話せば1万円です。
そんなことで数百万から1千万くらい使ってしまう人も少なくないようです。
何百万も使ってしまって、自分も占い師になったという人もいます。

占い依存には、自由と方向性を失った泥沼があります。
人は自由意志を手放してはいけない、というはっきりした教訓があります。


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そして、もちろん私の著書も読んでくださいませ。面白いですよ!
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意識と無意識 / comments(6) / trackbacks(0)
Comment








うなさん、よかったですね。
役に立ってうれしいです。
from. 村松恒平 / 2010/08/16 9:50 AM
占い依存気味で悩んでいた時に検索からこの記事を見つけました。おかげで、心と考えの整理できました。
これからはもっと前向きな努力が出来るような気がします。
素晴らしい記事を読ませていただきありがとうございました。
from. うな / 2010/08/15 10:55 PM
訂正をすべきか迷ったのですが・・・。

”タイムリーと「しか」言いようのない”

と言いたかったのですが、抜けていました。
ちょっと恥ずかしいです。
これから気をつけます^^
from. / 2009/10/28 2:51 AM
こんにちは。
いつもうなりながら拝見しています。
また著書も読ませていただいています。

この話題にまさにタイムリーと言いようのないものと昨日遭遇しました。

たまたま某アーケードで買い物をしているときに、
いつも訪れる怪しい雑貨屋さんの店の前に
これまた怪しい占い機が・・・・。
それはイタリアが発祥のものらしく、
石造のようなものの口に自分の左手の平を入れて
占ってもらう・・・というものでした。

ちょっと怖かったのですが、値段が100円ってことで
やってみました。

20秒ほど手のひらを読み取られている感じがあって、
その後占い結果が書かれた紙がひょっこりと。

イタリア人には漢字は難しいのか
なぜか全部カタカナが表記(笑)。
いくつかの項目に分かれていて、
その中にいくつか「どきっ」とさせる内容が!

「あなたは急がされるのをとても嫌う」
「人間関係において、プライベートな部分に介入するのをとても恐れる」
「思春期の頃からずっと何か物足りなさを感じている」

などなど。
特に最後のなどは「どうして知っているの??」って印象がありました。

でもよく考えてみれば、誰にでも多かれ少なかれ当てはまるものかも??とも思います。
そこが占いがたくさんのパターンの組み合わせになっていて、あたることもしばしばあるという種明かしの部分とつながっているのかな・・と冷静に考えていました。


でも嬉しいこともいくつか。

「あなたはなまけものではあるが、研ぎ澄まされた才能は持っている」
「あなたは政治家か大親分になれる素質を持っている」


ほんとかよ〜(笑)。


占いって、自分のことなのに、先に予言してもらうことで他人事のように一瞬感じてしまうのが不思議です。占いによって暗示にかかってそのとおりにならないといけないように感じるのも確かに占いの種明かし部分ですよね。

結局、他力本願な部分が多い人ほど頼りたくなるものかも知れないですね。


from. / 2009/10/27 11:07 AM
僕は気学とか好きなんですが、前に書かれていた「方違え」みたいなことは、おっしゃる通りナンセンスだと思います。
占い師の言うことを信じるだけだと、占い依存になりかねないですが、主体的に占いを使うことも可能とは思います。亀の甲の割れ方を見て云々…というように、ある現象等から何かを読み取る感性?みたいなものが大事じゃないかなと。

気学でも人によって全然言うこと違いますしね。はっきり単純なことをいう人ほど危ないんだけど、そういう人のほうが人気が出るみたいで…。
from. Mr.Spice / 2009/10/26 3:35 PM
 現代っ子代表の大学生から言わせてもらうと、自由というものを恐れている学生は多いと感じます。
 親とか友達とか先輩とか……まず相談して、自分から視野を狭めたがる。そうしていると自分がまっすぐ「進んでいる」ような気がして安心できるのです。色々なことに気を揉みたくない、失敗したくない、後悔したくない。「あれか、これか」と選ぶのに必死で、自分から選択肢を考え出そうとはならない。
 でも、とことん助言に従うと寂しくなるから、うまーく緩急をつけて騙しだましやっている。まあ、僕も気づくとそういう流れに乗ってますから、「まずいな」と意識しているぐらいの違いしかないんですけれど。
from. 海巳 / 2009/10/26 2:51 PM
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