2010.01.05 Tuesday 10:36
新年なので、また少し角度を変えまして、フリーメーソンの話をしましょう。
フリーメーソンというと、怪しげな秘密結社と思うでしょうが、言葉の意味は「自由な石工」です。
中世ヨーロッパの石工は、各国を遍歴放浪しながら、土地土地で経験を積み学んで一人前になったのです。
土地の組合が放浪の石工を受け入れるということは、食べていける技術という貴重な財産を渡すことであったでしょう。だから、しかるべき筋から来たものか、頭を垂れて学ぶだけの技術に対する畏敬を持っているか、きちんとしたチェックがあったと思うのです。
よく股旅モノで、同じ放浪者である三度笠のやくざが「お控えなすって」と仁義を切り、どこから来たか自分の筋をあきらかにしますが、あれと同様かそれ以上のことであったと思います。
そして、その土地の技術を分け与えてもいい、とアクセス権を与える儀式が、秘密厳守の誓いになり、イニシエーションになっていったでしょう。
長く遍歴を重ねたものは、むしろ、他所の貴重な技術を伝えてくれる媒体にもなったはずで、そのようなことからヒエラルキー、位階というものが発生したでしょう。
位の高いものは、初めての土地でも歓迎され、その位にふさわしい待遇を最初から与えられるようにです。
このように知識、ノウハウは宝物なのです。
そういうことはITの世の中になっても変わりません。公開されているのは、非常に低い一般的な知識であって、高度な元手のかかったノウハウは誰も人に教えません。
また公開したところで、普通の人には意味がないし、理解することもできないのですが。
西洋の神秘主義には、知識をそのように限られた人が受け継ぐ、非常に具体的な、ある意味で物質的なまでに輪郭のはっきりしたものとして扱う気風というか、発想というか、手法というか、そういうものがあります。
というか、知識というものはそういうものなのです。
それを受け取るにはきちんとした対価を払わなければいけません。
対価を支払わないで済まそうとする人は、このような知識には一生近づくことがありません。
現代で言えば、お金です。
石工の技術は、石という具体物の形に表れますから、よしあしの判定は容易です。
一つの技術を学べば、できあがりもより高価な報酬に値するものになることもあるでしょう。
しかし、精神的な技術は、よしあしが素人にはわかりません。
一時的に真理を知ったような気にさせる技術というものがあるのです。
カルトや、スピリチュアリズムはこういうトリックを平気で使います。
というか、使う本人が信じているから性質が悪いのです。
布教している人は、真理を知っているわけではなくて、想定問答集を叩き込まれているのです。
だいたい反論というのは類型的なものなので、それに対してはこう言いなさい、というのが一通り入っていると、素人の反論などにはスラスラと答えることができるのです。
話がズレました。
*知識というものは、物質的なものであり、また本質的な部分は秘匿されやすいものである
*それを受け取る人は、知識に対する畏敬を持たねばならず、入り口で選別される
*受け取るためには対価を支払わなければならない
要点はこの3点です。
だからといって、慌ててヘンにものにお金をつぎこまないでください、という注意をつけくわえたかったのです。
とりあえず、知識といってもいろいろ捉え方があるものだなあ、と思ってもらえればいいのです。
(続くかも…)
真の知識のあるところ、心理研究会!
第二回は来年1月13日水曜日19時よりです。
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