INNER LIFESTYLE DESIGN
 〜ナチュラルに生きる方法論序説

巻頭言

これは心にセンタリングするブログです。

今の世の中は中心がお金や経済で回っています。でもお金で価値が一元化していく流れは、人にはちょっとしんどいものです。だから、それとはズレた次元に、心という中心を求めて行こうと思います。

本当はセンタリングというからには、究極的には魂や霊に、あるいは神に中心を求めたほうが安定がいいでしょう。しかし、現代ではスピリチュアルな領域もすっかりカテゴライズされてしまっていて、語り口も決まりきっています。どこかで読んだようなことが順列と組み合わせを変えて書かれ、何の目新しさもありません。そういう領域で書いてもちっとも面白くないので、心という中途半端な領域で四苦八苦しながら哲学するつもりです。
そもそも、自分の心がわからない者には霊や魂のこともわからんだろうと思います。

読者の皆さんにもお願いがあります。

愛読者を自任される方は、ぜひさまざまにアクティブな応援をお願いします。
これは心を見つめる、心について考える、という運動です。
私が書く、あなたが読む、ということで完結してしまうのは意図するところではありません。

もし読むということが、お昼にコンビニ弁当を食べる、ハンバーガーを食べるということと同じような消費活動に過ぎないなら、昨日と今日と明日に何の変化もありません。

雑多な知識の断片を十分に消化することなく頭脳や心に次々に取り入れて満足するなら、それは「死んだ読書」です。
本来、読書というのは、食事を取るのと同様に書物の内容を血肉化するところにあるのです。
だから、よいものを取って、毒物は取らないようにしなければなりません。
ぜひこのブログについては、生きた読み方をしていただきたい。

なぜなら心というのは生きて、毎日変化していくからです。

もし、心は変わって行かないと思っていれば、このブログを読むことは意味がありません。
むしろ有害かもしれません。

このように読み方を読者に強制する権利も方法も、もとより、著者にはありません。
一度公開した文章を読者が「どのように読もうが勝手」だと思うことを物書きのはしくれとして僕は知っています。
僕もそのように読むことがあります。
ただ、そういう読み方をしてもらいたいと望んでいる、ということはきちんと言葉にしておく必要を感じたのです。
そのような読み方があるということも、著者がそのように思っているということも全く想像しない読者もいるように思うのです。

具体的にはそれは次のようなことです。

  1. 書いてあることを読んで知識として蓄積するのではなく、自分の心、経験と照らし合わせて吟味してください。
  2. そのときに何を感じたか、できるなら言葉にしてみてください。同意ではなく違う意見でもいいのです。
  3. 出てきた言葉をこのブログあてのコメント、メール、あるいは自分のブログやツイッターなどに書いてください。
  4. このブログへのリンク、クレジットなどもお願いします。
毎回ではなくていいのです。
心に自然に言葉が浮かんできたときに。

そのような連鎖全体を書くことととらえたいのです。

それだけは物足りない、さらに応援したい方に!

あるいは違う応援をしたい方に!

本が売れない時代になってきまして、村松も物書きとしての自分の活動を考えなければいけません。
その部分のフォローとしまして。
  1. 単なるカンパ。
  2. 著書を購入する。
  3. 心理研究会に参加する
  4. セッションを受ける
などで、心の中で思うだけでなく、力強く応援してください。
マインドゲームス+新年会 1月7日(土)
みなさまあげましておめでとうございます。

新年の快調なスタートに、新企画〈マインド・ゲームス 〉に参加しましょう!

1月7日土曜日15時から。

凧揚げも、福笑いも、百人一首も、すごろくも、羽根つきも、なくしてしまった僕らのために。

新年を新しいゲームで始めましょう。

表現力、直観力、想像力、創造力を問われ、刺激されます。

●3大特典
【パフォーマンス】
*今回、テレビで有名な石花ちとくさんに縁起のいい「石花」のパフォーマンスを見せてもらう予定です。

【相談コーナー】
*新年会では、「一言質問コーナー」を設けます。人生について、表現について、悩み事を一人一つだけ相談することができます。
ただし、ひそひそ話はできません。みんなに聞かれてもいい公開質問だけです。

【新年の門出にお清め】
*新年なので珍しい火打石によるお清めをします。




▪️▪️▪️▪️詳しい内容▪️▪️▪️▪️▪️▪️▪️

●ふだん使わない内面の力を発揮するように開発されたゲームをします。
といっても難しいものではなく、かなり遊びです。
大人の遊び。

●遊びとは、求心力を一度外して、遠心にふること。遠心にふったものが還ってくる。プーメランのように。それをまた遠心にふる。その繰り返しが楽しみになるのです。そうすることによって中心がどこにあるかがわかります。

●子どもたちは発達段階によって、自分の能力ギリギリのものを遊びに選ぶのです。赤ちゃんがはいはいの次に立とうとするのも、遊びなのです。
そのようにして人は成長します。

●現代社会では、人は一面的な情報、一面的な刺激しか受けません。
それでは十分に遊べないのです。

●大人にも発達を促す遊びが必要です。
忘れていたものを思い出し、自分の中に新しいsomethingを発見しましょう。
マインド・ゲームで。

***********************
●ゲーム詳細

内臓ダンス

30ドル

マンダラ

10秒演劇

他 (個々の内容は参加してのお楽しみです)
************************




参加費 4,000円

**************************
そのあと2時間強程度の新年会。
参加費2,000円。お酒飲まない方1,000円。

お申込みは、entry@hiden.jp

お名前
年齢
都道府県
新年会も参加かどうか。
ひとこと〈何かあれば)を記載してお送りください。

(新年会のみの参加は3.000円になります。定員あり)。
ワークショップ / comments(0) / trackbacks(0)
年末年始のセミナー、WS 参加者急募
12月25日(日)の[シンクローム]セミナー。
参加者緊急募集。
難しい日程のせいか、参加者数、物足りないのです。
ちょっと気になっている方。
「クリスマスと言っても何もない!」方。
ぜひ来てください。

新年7日からは、[大人の成長塾]Rが始まります!

●12/25日(日)。[シンクローム]セミナー。『[シンクローム]VS.チャクラ』
http://synchrome.asia/2016/11/21/1263/

身体自然還元術、[シンクローム]。
セミナーは、初歩から遠隔まで。さらにチャクラへの施術を実験します。
手ほどきから始めますので、どなたでもどうぞ。

●[大人の成長塾]R 2017年1月7日(土)
[大人の成長塾]リアル版を始めます。
楽しいゲームを使って眠っている感覚を開発します。
予備知識なしで、どなたでも参加できます。
レクチャー&ワークショップ。15時から2時間半。
参加費 4,000円

そのあと2時間程度の新年会。参加費2,000円。お酒飲まない方1,000円。

以後の[シンクローム]セミナー予定日。第二土曜日です。
時間を早めて14時からです。お話会も開催します。
2017年1月14日(土) 
2017年2月11日(土)
2017年3月11日(土)
今すぐにカレンダーにチェックを! 

申し込みは、 entry@hiden.jpまで。

セミナー名と日付を書いてお申込みください。
その他に
*お名前
*年齢
*住所

をお書きください。



JUGEMテーマ:ワークショップ



[大人の成長塾] / comments(0) / trackbacks(0)
[大人の成長塾]クロニクル第6号  「お医者嫌い/膝をヤラれて整形外科に行った話」
●こんにちは。村松恒平です。
今回は、僕がお医者に行った顛末です。
読みやすくて面白いのではないかなあ。
本文は珍しく「ですます」ではなく、「である」「だ」調で書いています。

なんかそういう気分だったので。
ハードボイルドというか。

●[大人の成長塾]、そろそろ始めたらいかがでしょうか?
http://seicho.hiden.jp/s_test.html

●[シンクローム]が誰でもできるようなるワークショップ。

[シンクローム]を普通に使える人を100人くらい育てようと、かなり本気で
毎月やっていきます。普及のために参加費もたいへんリーズナブルだと思いま
す。
http://synchrome.asia/2016/11/04/1252/

初めての方もすぐに打ち解ける楽しい雰囲気です。ぜひご参加ください。


********************************************


お医者嫌い/膝をヤラれて整形外科に行った話




病気や怪我は勉強になる。
今回は【教訓】を含めて、その話を書こう。

『薬を飲まずに2カ月でγ-GTPが1500から50に下がる』
http://synchrome.asia/2015/09/07/1054/

は、読んでくれたかな?
γ-GTPは、高いほど悪い。
500だと肝硬変が疑われるような事態なのね。
だから1500とはなかなかぶっ飛んだ数値なのだ。
眼に黄だんも出てたし。

僕はときどきそういう状態になっては生還している。
このときも薬飲まないで自然に治した。

健康をふだんから節制したり養生したりして守ろうという気はない。
好きなように生きて、悪くなったら徹底的に節制養生して戻ってくる。
そういうほうが性に合う。

このときは一週間もやしだけ食って暮らした。
1か月、酒は一滴も飲まなかった。
10キロ痩せた。

こんな乱暴がいつまで続くのかはわからないけど、今のところ快適に生きてい
る。

今回は膝をやっちゃった話。

僕は19のときに母のつきそいで野口整体に行って以来40年、ほとんど薬を飲ん
でいない。
ゼロではないけれども、常習者の世間の人からみればゼロに等しい。
身体についても、40年、アンチ薬品の立場、自然の身体を探求する眼で観察・
研究してきた。
そして、2011年以来この5年間、[シンクローム]でいろいろな人の身体をみ
てきた。

だから、身体についてはある種の専門家と言ってもいいのだ。
でも、身体には何層かあって、自分の関節とか、筋肉のレベルは全然ダメなの
だ。
筋力はとても弱いし、関節は硬い。

ここ数か月、その弱点を克服しようと武道系のトレーニングをしていたのだ。
これでもなかなか研究熱心なのだ。
しかし、先日、筋のいい教えてもらったトレーニングでなく、ちょっと聞きか
じったトレーニングっぽいことをしたら、膝がぴきっといった。

そのときは違和感だけだったのだが、一週間ほどして痛くなってきた。
2、3日経つと、寝床から起き上がるのに、何かに捕まってしかも5分も苦闘する
ようになった。
痛みがあるので、体重をかけたくないのだ。
階段も交互に脚を出しては上り下りできない。
一段ずつ脚を揃えてノロノロと歩かなくはいけない。

僕は「あと何年生きるつもりか?」という話題になると、「300年」と答えるこ
とにしている。
何歳くらいでどれくらい老け込んで、何歳くらいで死ぬ、というのは固定概念
のような気がするのだ。
そして、その意識は実際に身体に反映される。
そういうものを外したらどこまで元気で行くか、という人体実験を自分で行っ
ているのだ。

しかし、こうして脚一本不自由になってみると、急にそこから老いが現実にな
る。
痛い脚を庇うと、別のところに余計な力がかかり、不自由だし、疲れやすい。
いろいろな仕事をする気力もでない。
これではすぐに老け込んでしまう。

身体の不調が勉強になるとは、こういうことである。
人の身体はふだん絶妙のバランスを保っているのだ。
それが一つ欠けると、ふだんの生活のありがたみがわかる。

もっとも「喉元過ぎれば熱さを忘れる」で、元気になったらほとんど忘れてし
まうのだが。


●象徴とは何か?

あまりに情けないので、観世流能楽師の中所さんに[シンクローム]をお願い
した。
[シンクローム]のサイトを見てくれていれば、彼がトップページに体験を寄
稿してくれているのを知っているだろう。

[シンクローム]サイト
http://synchrome.asia/

中所さんから僕は能を習っているが、僕は[シンクローム]を教えた。
それで、ときどき[シンクローム]の交換をする。
お互いに調子が悪いときに、何日分、と貸し借りするのだ。
これはたいへん便利だ。
自分で自分をするのは、可能だが、限界がある。その理由は専門的になるので
ここには書かない。
中所さんの[シンクローム]は効く。
とても感覚がよく集中力がある。
能と[シンクローム]には共通性がある。
それは[象徴性]である。

[象徴性]とは、簡単にいうと、意識の形を明瞭化し、形象化することだ。
くっきりした形象化は力を生み出す。

京都の寺の石庭。あれは、象徴そのものだ。
仏教的な宇宙観を形象化したもの。
宇宙を言葉で説明されるより明瞭になる。
あの広さで、全銀河系を含んだ物理的に知られているすべての宇宙を包含して
いる。
あるいは、それ以上の次元の宇宙をも包含している。

このように[象徴]には集約的機能もある。
宇宙のすべてをコンパクトに集約して見せてくれる。

ここで想像力の豊かな人は、次のように考える。
「[象徴]が宇宙を集約するなら、[象徴]を操作することによって宇宙を動
かせるのではないか?」

これは魔術の始まりである。

おおげさな話ではなく、たとえば、天照大神が天の岩戸に籠ったとき、天地は
闇に閉ざされた。
八百万の神は、じつにさまざまな対策を取るのだが、アメノウズメが踊ったエ
ロチックなダンスが決め手になって、天照大神は天の岩戸から出てくる。
こういうのも一つの象徴、ダンス、芸能によって、気象を動かそうとしたこと
の表れである。

雨乞いにも儀式がある。儀式とは象徴を作り出すシステムだ。
だから、能にも象徴を形象化し、宇宙を動かす力が脈々と流れている。

宇宙を動かすといっても、たとえば、地球の自転、公転を遅くしたり止めたり
したら、人類滅亡の大パニックになってしまうし、そんなことはできはしない。

しかし、身体という閉じられた特殊な宇宙は、秘められた感受性を持っていて、
そこに働きかけるのは難しくない。
強い力は全く必要ない。治癒そのものは身体がする。
身体の自然の中に治癒力は秘められている。
ほんのわずかな不調和がその治癒力を押しとどめているので、そこに働きかけ
る。
それが[シンクローム]だ。


●病院における検査は必要悪●

[シンクローム]を依頼して2日目くらいに、整形外科に行った。
何が起きているか、医学の診断も確認しておきたかった。
何か簡単に治るオマジナイでもあればしてもらいたかった。

近所の整形外科はたいへん繁盛していた。レントゲンを撮って診断を受けるの
に1時間半もかかった。
大きな病院ではないが、なんとレントゲン室と並んでMRIがある。
相当高価な機械である。
5,000万円の安い物があるようだが、だいたいは億。
こんなものを買ったら、どんどん患者を放り込まないといけない。

普通の人は、「こんな機械があって立派な病院」と思うだろうが、僕は嫌いだ
からね。
造影剤なんか冗談ではない。
造影剤使わなくても、強い磁場の中に人が入るので、生体磁場が大きくかき乱
されるはずだ。

そういうダメージで何か障害が起きた場合、全く因果関係は証明されないし、
たいていは意識すらされないだろう。
医師や患者の頭や心の中では、検査による干渉はゼロに等しいと計算されてい
る。

こんなことを心の中で毒づきながら、僕もレントゲンを撮ったわけだが、費用
対効果を考えている。少量の被曝を避けるよりも、情報がほしい。

僕の大学時代の友人は、股関節が悪くて一時期よくレントゲンを撮っていた。
たぶんそのせいで無精子症になったと言っていた。
どれほどレントゲンを撮ると無精子症になるのか。
何十回か、何百回か。今だったら聞くと思うが、当時は聞かなかった。

まあ、大小に関わらず影響はあるということだ。
そして、多くの人はそれは計算外にするけれども、僕はもっと繊細に考える。
必要悪と思って最小限にする。


●医者とのやりとり

まあ、そういう必要悪と思われるレントゲンを見て、「原因は簡単ですね」
とお医者は言った。

「骨と骨の軟骨がなくなっています。軟骨は映りませんが、骨と骨の間に隙間
がないでしょう。そこが軟骨なのです」。
たしかに隙間がない。あとで画像検索しても、どうも世間より圧倒的に少ない。

あれだー。
テレ東なんかでよく宣伝している「ヒアルロン酸」とか「グルコサミン」とか
バカにしてたけど、ターゲットになってしまった! 飲む気ないけど。
(あとで調べると、どうも経口摂取では効果がない、というほうが正しそう)。

「これ、炎症は何ヶ月も治りませんよ」
と医者は無情なことを冷淡に宣告する。
たくさんの人に同じことを言っているのだろう。

何ヶ月も治らない、ということは、一生治らないということに限りなく近いの
だろう。
「あなたはこれからずっと僕(お医者)のお客さん」と言っている気がした。

こちらは半分しか信用していない。その通りになる可能性もあるけれども、
[シンクローム]もあるから。翌週には[シンクローム]セミナーもある。
びっこひいてたら格好悪いな、と頭をよぎる。

「お薬が嫌いなんですねー。でも、2週間だけ出しましょうね。最初が大事で
すからね」
聞き分けの悪い老人に噛んで含めるような調子で言われた。
どうも電子カルテに前回薬を拒否したことが申し送りで書いてあるようだ。

前回は痛風で行った。「尿酸値を下げるお薬出しましょうね」というから「要
らない」といった。
尿酸値、生活で下げないで薬で下げたら、一生飲まなければいけない。
一生一つの薬を飲むなどは、僕にはありえない。
命がけでも絶対にほかの手段を探す。

「薬要らない」と言ったときの医者の鳩が豆鉄砲食らったときのような顔は忘
れられない。
誰も言わないのだろうな。

γ-GTP1500のときも、薬を出すといわれて「要らない」と言ったのは、同じ理
由だ。
さらに薬品を分解するのに負担がかかるのはどこかといえば、肝臓だ。
肝臓の薬を飲んで肝臓を消耗させたら世話はない。

今回は2週間限りと言われたこともあり、また鎮痛はともかく消炎剤はいいか
な、と思ったこともあり、「何の薬ですか?」と聞いて買うことにした。

ロキソニンより弱い薬だという。
もう薬も説明書も捨ててしまったので、薬品名がわからないが、帰って検索す
ると胃を荒らさないと書いてある。

薬は自分がこんな調子でもらうときも、[シンクローム]のクライアントのも
のも、すべて検索する。そうすると、びっちりと副作用が書いてある。

それなのに胃腸薬まできちんと2週間分売りつけられていた。
胃腸薬捨てました。
薬自体も3日ほど飲んで捨てた。
湿布薬も3日ほど。これは何かのときに取ってある。

医者はまたどうせ近く「痛ぇ痛ぇ」と泣きついてくるだろうと思っているよう
だった。
治療手段はといえば、ヒアルロン酸の注射、手術、投薬だ。
野蛮かつ無能だ。
僕にとって、役に立つオマジナイはなかった。

こうして書いているのも、よくなったからである。
その話を書こう。


●一週間で回復する

中所さんに[シンクローム]を依頼した話は書いた。

2日目くらいに、「調子はどうですか?」とメッセージをいただいた。
何か自信ありげだ。
あとで聞くと「手応えがあった」という。

僕のほうは、痛みはちょっと和らいだかなあ、というくらいでまだはっきりし
なかった。
ところが寝るときに、微妙に違った。
なんか脚の痛い角度が限定されたような感じがした。
脚にあてものをしてよい角度で寝た。
すると翌日、少し軽くなっている。

この傾向はだんだんはっきりして回復に向かっているという安心感が出てきた。
その前、数日は、寝るたびに新たにひねって負担をかけているような気がして
いたが、明らかに寝るたびに回復する。
これは大きな差だ。

もう一つ面白いかもしれない現象は、膝が炎症というより、水を含んでむくん
だような感じになっていたことだ。何か保護的な作用があったかもしれない。

ちょうどその時期に陶芸の薪窯が3日間あった。
最初は脚をかばって疲れる感じだったが、みるみる回復して、最終日は4時半
起きで昼前まで薪をくべる係ができるくらいに回復した。
階段も一段ずつでなく、交互に降りられるようになった。

ざまあみろである。何が「何ヶ月も炎症が続きますよ」、だ。
もう行かないよ。

……とまあ、たいへん強気な気持ちであるが、今も痛みや歩行に影響はないが、
微妙なひっかかりはある。あまり負担はかけたくない感じ。
[シンクローム]をしたからといって、こんな短期間に軟骨が復活するとは思
えない。

これはどういうことか。
つまり、軟骨が少なくなっても、いつも痛いわけではない。
痛くなったり小康状態になったりする。
あるいは誰でも痛みを感じるわけではない。
そこには確実に別の要素がある。

しかし、医者はその微細な要素には踏み込めない。
だから、注射と薬と手術という手段しかない。

[シンクローム]では、なぜこれが可能かというと、人為でよくしようという
のではないから。
ただ自然に還す。身体の自然の働きの中に、さまざまな手段が秘められている。
それを発露させる。
肝心の部分は人為でないから、微細な要素を調整してくれる。

結局8日間、[シンクローム]をお願いした。
日常生活に差し障りがないところで、あまり借りが増えすぎてもいけないので
ストップした。
もし、[シンクローム]がなかったら医者のいうように何ヶ月も辛い炎症に苦
しんだ可能性が高い。

**

TPPが発効すると、外圧によって医療保険が崩壊すると言われている。
一説によれば、盲腸の手術で数百万円の医療費になるとも。

アメリカでオバマケアによって国民皆保険がようやく実現したのと逆行して、
日本では貧しい人が医療を受けられなくなる可能性が高い。

[シンクローム]が医療すべての代替になるとは言えないが、身体と精神の基
本的なSelf-defenseになる。
これを知っておくと知らないとでは、大きな違いが出る。
全国民に普及すれば、薬の消費はたぶん今の20分1くらいになるだろう。

**

[シンクローム]は、身体自然還元術だといえる。
[大人の成長塾]は、精神、考え方、生き方を自然に還元する原理と方法論を
説いている。
この両輪が必要とされる時代がすでに来ている。
[大人の成長塾] / comments(0) / trackbacks(0)
[大人の成長塾]クロニクル第5号  「不思議な話。不思議の話」
■村松恒平です。

ずいぶん久しぶりのクロニクルになります。というのは、[大人の成長塾]の
執筆がまだ終わっていないのです。本当は3か月くらいで書き上げて、次の仕
事に行きたかったのですが、そんなにきれいに行きませんでした。
いまも1か月分の原稿のストックもありません(笑)。
[大人の成長塾]には、あれも書こうこれも書こうというアイデアがたくさん
あるのですが、書いているうちに、どんどん膨らんだり、予定と違う道に進ん
だりします。

予定と違う道ではあるのですが、脇道にそれたのではないのです。
いわば地球儀のような立体を文章という線的な手段で表そうとしているので、
一筋道がとりにくいのです。
伝えるべき内容を一覧にして各回に振り分けるようにして書いているのではな
いのです。
最初そうしていましたが、書いているうちに予定がどんどん壊れてしまうので
す。
それは内容が自らもっともっと書いてくれないと困る! と訴えて膨れ上がる
ような感じなのです。その結果、中身は非常に濃く深くなっております。
なるべく短い文章の配信の積み重ねにしたかったのですが、文章が長い回が増
えています。

フォーラムという[大人の成長塾]専用の掲示板で読者の反応を知ることがで
きます。
内容についてきて、すごい! 得した! と言ってくれる人もいます。
自分の問題と絡めていろいろ質問する人もいます。
そういうことで理解の程度を測っています。

ここに何も書いてくれない人の反応はわかりません。
途中でついてこれなくなった人もいるかもしれません。
それは「わからん」と言ってもらわないとこちらにもわからないのです。

なるべくわかりやすく書いていますが、抽象的思考に慣れていない人は疲れる
かもしれません。
たぶん、何年か経ってから、「あ、そういう意味だったのか!」と気づく人も
いるでしょう。

合計すると80通くらいのメールになりそうです。
これは、本にまとめてもダメなのです。
時間をおいて配信されるというふくらみの中で、読者の経験と一つになって織
物のように形成されていくのです。

内容の深さには、自信があります。
いますぐにでも入塾できます。

無料のテストくらいしてみてくださいね。
面白いですよ。

成長力基礎テスト
http://seicho.hiden.jp/s_test.html

やはり無料のステップメールが15通ついていますから、これも必読。
自分自身の状態を知れる独立したコンテンツになっています。


■[シンクローム]サイト。大リニューアル!

[シンクローム]サイトを久しぶりに新しくしました。
http://synchrome.asia/

今回は有名なアート・ディレクター、元岡本太郎美術館の副館長、能の観世流
シテ方の3人の方にそれぞれ体験談をいただきました。トップページにありま
すので、ご覧ください。


■シンクローム・セミナー再起動! &ボランティア募集!(1名)

お待たせしました! [シンクローム]セミナー再起動。
10月11月12月にそれぞれ一回設定しました。
毎月一回やります。
たくさんの人に[シンクローム]を使えるようになってもらいたいです。

http://synchrome.asia/2016/10/01/1244/

また当日、開場の1時間前に来て、受付その他手伝ってくれる人募集。
申し込みのメッセージください。
先着、若干一名です。
いつも友人に頼んでいますが、今回公募してみます。

資格はドタキャンしない人。特典は楽屋裏が覗けます(とくに何もないけど)

参加費が無料になります。
セミナー、お話会は普通に参加できます。

今回のシリーズは普及のために料金安めに設定しています。
この機会にぜひご参加ください。


――――――――――――――――-

『不思議な話。不思議の話』

[シンクローム]は、不思議です。
いまだに不思議。

今回は、[シンクローム]5周年で、サイト・リニューアルとセミナー起動を
記念して不思議の話をします。

*

不思議という言葉を不思議に思ったことがある人はいますか?
不思議とは、科学や人間の常識からは外側にある現象をいいますね。

不・思・議。
これでどうして「ふしぎ」という意味になるのでしょう?

と思って調べてみました。

そうすると、「思議する」という言葉があったのです。
「思議する」は、「思いはかること。考えめぐらすこと」

もともとは不可思議だったようです。
「思議する」べからず。

神秘現象を言葉で推し量ろうとしてはいけない、という仏教用語だったようで
すね。

神秘の現象を人間の浅知恵のレベルに落として紐解こうとしてはいけない、と
言っているのです。
通常使われるケースでは、考えてはいけないというより、考えてもわからない
からそのまま受け取る、というニュアンスが強い氣がします。

というわけで、不思議という言葉については「思議」してしまいました。
もう不思議ではなくなりました。

*

[シンクローム]のトップページに登場するヒロ杉山さんを見ていただけます
か。
http://synchrome.asia/

彼は、非常に尖ったアート・ディレクターとして、またアーティストとして独
特の活動をしている巨匠です。
彼のイマジネーションはファッショナブルですが、本質的なものと結びついて
いて強力です。
エンライトメントという集団を率いています。
http://elm-art.com/

文中、僕のことを先生と呼んでくれていますが、それは彼のサービスで、昔、
エディトリアルの仕事をいっしょにした仲間です。

彼がもう一生治らないと諦めていた膝が、[シンクローム]でひょいっと治っ
てしまったのです。
彼は3回と書いていますが、たぶん1回です。
1回だと信憑性が薄いので、配慮して3回にしてくれたのではないかと思います。
あるいは2人の記憶が食い違っているかもしれません(笑)。

僕の記憶では1回だけして、そのときに彼は座り仕事が多いので、「椅子の高
さを調節してぶら下がりもせず、余りもしないジャストにしたほうがいいよ」
とアドバイスしました。
それだけで数ヶ月後、「治りました」と言われたので、僕のほうがびっくりし
ました。

[シンクローム]は手も器具も身体に触れない施術なのです。
物理的接触なし。
もちろん薬もなし。
触れていないのによくなる。
こういう奇跡的なこと、わりとあります。
これは不思議でしょう。
ところが実際に起きると少しも不思議でない。
自然に治ったのと見分けがつかないのです。

でも、そう簡単に結果がでないこともあります。
結果が出る、出ないはどう違うのでしょう。

サイトをリニューアルしたときに、こういう説明を考えました。

「コップに一定量の水が流れ込んでいます。
でも人は気づきません。
コップから水が溢れたときに、人は気づきました」

働きかけは一定量なのです。
効果がすぐに現れるかどうかは、その人の状態によるのです。
コップのへりまで水が入っていた人は、すぐに溢れます。

かなりよい説明だと思うのですが、誰も感心してくれません……♪

さて。

たとえば、薬品の効果をみてみましょう。
強い毒薬であれば、誰でも死んでしまいます。
強い睡眠薬であれば、誰でも寝ます。
強い鎮痛剤であれば、誰でも痛みがとれます。
強い自白剤であれば、自白がとれます。

そのように一律に効果があるものはとても考えやすい。
自分を科学的だと思っている人は、こういうものを基準にしていることが多い
ですね。

科学実験は、複数の同一のものに対して、違う条件を与えて結果を比べますね
(この領域に関しては正式な術語やスマートな表現を知りません)。

しかし、人には同一の個体は決して存在しないのです。
同一人物でも、ショックなことを聞かされた数秒後には全く違う身体になるで
しょう。

人の中には記憶があり、精神活動の内容が身体の緊張としていつも現れていま
す。
また遺伝的要素も複雑で、全く同一条件の身体を揃えることは難しい。
これは生体の場合です。
死体はもっと近似性があるでしょう。

一律でない個体に、一律でない効果を生むものに対して科学がどういうアプロ
ーチをしているのか僕は知りません。

前述のように薬品は一律の効果を生むものがあるのでわかりやすいのです。
あまりに強力に人為的な介入をするので、個体差が問題にならない場合がある
のです。
青酸カリを飲んで死なない人はいないように!

でも、実情は、同じ薬、同じ療法でも効く人と効かない人がいるように、大き
な個体差があるのです。同じ病名でも身体の状態は違います。
同じものを同じ量食べて、1人は太り、1人は太らないというようなことは当た
り前にあるのです。
実験用のラットの場合は、年齢と体重が同じものを揃えれば、個体差は問題に
ならないレベルだと思います。
しかし、人は違うのです。

[シンクローム]は、一律に「こうだ」、という効果を生み出すわけではあり
ません。
ですから、変化の観察にはていねいに一人ずつ見ていくことが必要なのです。
それはメールでします。会って話を聞くよりもどかしいのですが、時間をかけ
て、ていねいにしていきます。
一冊の本になるほど多くの要素があるので、説明は省きます。
一律にこうなる、とわかっているものはわかりやすいですが、そうでないもの
を理解するには知性が必要です。

[シンクローム]は、不思議といっても、体系だった理論はあるのです。
ただ、「なぜ遠隔でできるのか?」と聞かれると、量子力学とか、宇宙物理学
とか、そういう説明になります。
物理学の世界では、「時空」という概念があるのです。時間と空間はもともと
1つのエネルギーなのです。分かれていません。
そう考えると、「ここ」と「あそこ」という物理的な距離も存在しない次元が
あるとわかります。
これが怪しい、インチキだ、と言ったり考えたりするのはとても簡単なことで
す。

僕も別に量子力学を体系だって説明できるわけでもないし、ましてシンクロー
ムを数式で証明することなどできないのです。
ですから、最終的にそこには論理の飛躍、あるいはギャップがあります。
しかし、論理よりも現実に起きた現象のほうが優先されます。

その部分は不思議というしかありません。

全部言葉で説明できることなんて、何の魅力もないのではありませんか?

名画『モナリザ』の魅力を語る言葉は、千万言も集めることができるでしょう。
でも、本物の一枚の絵がそこにあることがなければ意味がないのです。
いくら語っても、語りつくせない。
だからこそ、あの微笑は『謎』の魅力を秘めているのです。

「謎なんか存在しない。あれは平らな板に一連の絵の具を塗ったものだ」と主
張して、自分の知性を勝ちほこる人がいたら、オツムの程度が知れますね。

ですから、[シンクローム]を「それは論理的にありえない」と否定すること
は自分の限界を示しているにすぎないのです。

偶然とはとても言えない濃度で、さまざまな治癒現象が起きているので、シン
クロームは5年も続いているのです。偶然であれば、リピーターもいないし、
僕自身のモチベーションももちません。

あるびっくりする不思議なできごとが目の前で起きた。
そのときにあなたはどうしますか?

「これは何だろう?」と立ち止まり考えるあなた。
あなたはすばらしい。

「こんなことは起きるはずかない。なぜならば……」と考え出す人。無視する
人。
その人はすばらしくない。
自分の感覚が、「教え込まれたこと」に逆らえないのです。
頭の中の枠組みが目の前の現実より先行するのです。

ある人物がこんなことを言っていました。
「信じない人は目の前でコップが浮遊しても信じない。『こんなことは現実で
はない』と主張する」

あなたは種もしかけもないコップが目の前で宙に浮いていたら、不思議だと思
うでしょう?
あるいは合理的説明を求めて、種やしかけを探すかもしれません。
手品の種が見つからなかったときの態度が分かれ道です。

「不思議だけど、こんなことあるんだなあ」
という人と、
「これはありえない。何かの間違いだ」
と目の前の現実を打ち消す人がいます。

打ち消す人は弱い人、精神の構造が硬直してもろい人なのです。
それを受け入れると、既存の構造が壊れて耐えられないから拒否するのです。
その柔軟性がないからです。

イエスかノーか、黒か白かでいつもジャッジしている。
柔軟な精神は、その中間に「わからない」「グレー」という箱があります。
すぐには飲み込めないけど受け取っておこう、という。
この中間の箱がない人は処理に困ると、既存の構造を維持するジャッジをする
のです。

いわゆる半信半疑という状態にもしなったとしたら、悪い状態ではないのです。
中間の箱をちゃんと持っている証拠です。

むかーし。
糸井重里さんはコピーライターとして1980年に、「不思議、大好き。」という
コピーを西武百貨店のために書きました。
これはあざやかなコンセプトのキャンペーンとして一世を風靡しました。
時代の気分を射抜いていたのです。

2016年には、このコピーはヒットしないでしょうね。
みんな日々のジャッジに忙しく、情報は洪水で慌ただしく、「不思議」なんか
にかまっているヒマはなさそうに見えます。

あなたはいま「不思議、大好き。」ですか?


**

第2部♪

気分を変えて。
ちょっとだけ不思議な話を書きましょう。
すごーく地味な話です。

じつは僕はUFOも霊も見たことがありません。
とくに霊感はないのです。
かろうじてスプーン曲げを見たことがあります。

[シンクローム]は霊能ではないのです。
むしろ電気に近いものだと考えています。
つまり、それはあるのです。
しかし、人の役に立つように取り出すことができるようになるまでは、「存在
しなかった」のです。

だから、電気が当たり前ならば、[シンクローム]も当たり前と言いたいので
す。
でも、まだ普及していないから、不思議と言わなければいけません。
電灯だって初めて灯ったときには不思議だったに違いありません。

では、不思議な話を。

ある知り合いの陶芸家の方を中央線沿線のある街に訪ねていったときの話です。

彼は近所の温泉に連れていってくれました。そこで湯に浸かりながら聞いた話
です。

彼の周辺にどうもなにかのドラッグを常習しているグループがいて、彼は苦々
しく思っていたのだそうです。

「それであるとき説教してやったのよ」
と彼は言いました。
「ドラッグというのは、一回はいい(彼の意見です)。意識の拡張、特殊な状
態はこういうものであると知れば、一回でたくさんなんだ、と言ってやった。
それで証拠を見せてやったのよ。じつは僕、空中浮遊ができるの」

意外な秘密を打ち明けられました。

「僕は昔カソリックだったんだけど、あるとき、瞑想室で瞑想していたんだ。
そしたら、通りかかった先輩があとで、『お前あのとき空中に浮いてたぞ』と
いうんだ。自分では全然そんな意識がなかったし、浮遊したいとも思っていな
かったんだけれども自然に浮いてたらしい。それで先輩が『何を言われるかわ
からないから、周りには秘密にして他人には見せるな』と忠告された。それか
ら僕、空中浮遊しようと思えばできるのよ」

どうやら宗教の世界でも、空中浮遊は、神の奇蹟の証明とされるよりは異端と
して排除されるようです。

そのドラッグ集団は、意識について一家言あるヒッピー的な人たちだったよう
ですが、空中浮遊を見せると「ははーっ」と恐れ入ったようです。
どれくらい本質的に反省したかはわかりませんが。

この話を聞いたとき、すぐ「空中浮遊見せてもらいたいなあ」と思いました。
でも、先ほどの「目の前でコップが浮遊しても信じない」という話が頭に浮か
んだので、言うのはやめました。

見ても信じない、という態度があるなら、見なくても信じる、という反対の態
度もありうるわけです。そちらのほうがかっこいい。
相手の人柄も知っているし、その人が「空中浮遊できる」と言ったら、それは
本当だろうと受け取ったわけです。

疑いはほとんどありませんでした。
ただ一度実際に見てみたいという好奇心はありました。
でも、「見せて」というのは、僕の感覚ではダサいのです。

温泉に浸かりながら、そうかあ、浮けるのかあ、と不思議な気分にも浸ったの
です。

実際、オームの麻原はできたそうですが、これは怪しいから勘定に入れないで、
他にもできる人の話を2,3聞いたことがあります。
「誰々(固有名詞忘れた)が浮くのを何度も見た」というような親しい友人の
話ですから、僕は本当だと思います。

「うちのじいさんは座布団ごと浮いてすっと移動できた」という話も聞きまし
た。
人が浮くのが不思議なら、座布団もいっしょに浮いても不思議はありません。

スプーンを曲げた話なら、10回くらい聞きました。
お母さんとか、おばさんとか、お祖母さんとか、女性のケースが多いです。
テレビ見て真似したらできちゃったみたいな、考えすぎない素直な人がいいよ
うです。

あるセミナーで指導したら、大部分の人が曲げたみたいな記事も読んだことが
あります。
誘導次第では、そういうこともありうるでしょうね。

あとは、人と違うものを見る人はたくさんいます。
しかし、言うと仲間はずれにされるから、子どもの頃から親しい人にしか話さ
ないのです。

美術関係にはとても多い。
そういう感覚をベースに他の人は思いもつかないような表現をしている人がい
ます。
二人きりになったときに、あるいは親しい人だけになったときに、ぼそっとそ
ういう話を聞くことがよくあります。
あるいは僕のほうから「何か見えてる?」と聞くことがあります。

他の人と共通ではない色や形が見えているのです。
たぶんピカソや岡本太郎も、何か特異な視野を持っていただろうと想像してい
ます。

それは、現代医学でいうと、統合失調症という病気に分類されてしまうかもし
れません。

でも、僕はそれは一つの感覚だと思っています。
人の感覚はとても限定的な使われ方をしているのです。

お面をかぶると、目の穴からしか覗けなくなって、人の視野は狭くなりますね。
そのような視野狭窄が人同士の共通項になっているのです。

それに慣れてしまうと、お面を外した広い視野は脳で処理できなくなってしま
います。
そうすると病気という形で現れるのです。

何かが見えるアーティストの人たちは、このお面に普通の人と違うもう一つの
穴が空いているとか、穴が普通の人より広いとか、そういう感覚の違いがある
のです。
それを病気というネガティブな方向ではなく、ポジティブに使っているのです。

本来、人はお面をかぶらない全面的な視野に耐えられるのです。
適切な理解と教育、トレーニングがあればです。

(しかし、国はそういう創造的な人が増えてしまうのを望んでいません。
建前では、創造性と言いながら、画一的な人間が大部分なのが、労働力として
都合がいいのです)

つまり、物質的な視野とは違う何かが見えるというのは、人の可能性なのです。
可能性の一部が露出して来ているのです。

芸術表現、小説も含めてを上手になりたいと思うなら、この感覚の開発に意識
的でなくてはなりません。

どうしたら開発できるかは、一冊の本になってしまうのでパス。
([大人の成長塾]は、表現論ではありませんが、これに役立つ基礎的な考え
方があります。興味ある方はどうぞ)


空中浮遊もスプーン曲げも、それ自体が有用なことはなく、ただ人の「可能性」
を示しているのです。
スプーン曲げたって不便になるだけだし。金属加工に使えるわけでもありませ
ん。
空中浮遊で海外旅行に行ったという話も聞きません。

もっとも仙人は雲に乗ってどこにでも行けたようですから、そういうこともで
きるかもしれません。

仙人の話は明らかなファンタジーだと思うかもしれませんが、僕は現実とファ
ンタジーに線引きをしたくないのです。

実際のところ、現代は僕が子どもの頃のファンタジーを実現しているSF社会な
のです。
スマホのような携帯通信機器プラスコンピュータのようなもの。これはSFでし
た。
将棋や囲碁で人間を打ち負かす人工知能、ヴァーチャルリアリティ、高機能ロ
ボット、インターネット、遺伝子操作、すべてがあっという間に実現してしま
ったのです。

ファンタジーには人を導く機能があるのです。

科学技術はむしろ危険なくらいの勢いで、ファンタジーの領域に突入していま
す。
AIはあと10年で人間の仕事をほとんど奪うと言われています。
そうなると、ブラック・ファンタジーが実現していきます。

そうならないためにはどうするか。
人の内的な可能性を新たな開拓地にしていくしかないのです。
そういう可能性の拡張をしないままでは、多くの人は格差の広がりの中でたい
へん行きづらい思いをするでしょう。
あらゆる面で効率があがり、生産性が上がるのに、人が生きて行く環境は苛酷
で貧しくなっていくのです。

ホイミ! ベホイミ! 私たちは、ゲームの中では、魔法の世界に生きています。
しかし、ゲーム以外の世界では、まったく保守的に等身大の既存の現実しか信
じようとしません。幸せでない人ほど目の前の現実で頭がいっぱいなのです。
まるでそこにしがみついていれば何かが保障されているかのように。
しかし、現実は次第に激流になり、滝壺に落下していくかもしれません。
不思議領域、ファンタジーの領域をまじめに開発しましょう。
[シンクローム]セミナーは、そういう仲間達が集まる入り口です。


**

不思議話どうだったでしょうか?
自分のほうがよほど不思議な話を知っている。自分も人は言えない感覚や能力
を持っている。
そういう人もたくさんいるのではないでしょうか。

何か言いたくて、むずむずした方は、文章に書いてメールをください。
面白いのが来たら、このクロニクルで取り上げたいと思います。

匿名、ペンネームがよい人はそれを明記してください。

では、不思議の世界に少しばかり自分の生活と意識を拡張したい人!
セミナーでお待ちしています。
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